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灰原薬「応天の門」第13巻の感想とあらすじは?

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灰原薬氏による「応天の門」の第13巻です。

富士山が噴火した864年(貞観6年)か、翌865年(貞観7年)だと思われます。

土師忠道が左馬少属(さまのしょうさかん)から甲斐権掾(かいのごんのじょう)になるのが、865年(貞観7年)ですので、865年(貞観7年)でしょうか。

舞台となる時代については「テーマ:平安時代(藤原氏の台頭、承平・天慶の乱、摂関政治、国風文化)」にまとめています。

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全巻の目次

  • 応天の門 第1巻
    • 在原業平少将、門上に小鬼を見る事
    • 都を賑わす玉虫の姫の事
  • 応天の門 第2巻
    • 怨霊出づる書の事
    • 藤原高子屋敷に怪の現れたる事
    • 鏡売るものぐるいの事
    • 番外編 白梅のおしごと
  • 応天の門 第3巻
    • 染殿の后、鬼に乱心せらるるの事
    • 道真、明石にて水脈を見る事
    • 在原業平、数多の災難に遭う事
  • 応天の門 第4巻
    • 在原業平、数多の災難に遭う事
    • 在原業平、京にて塩焼きの宴を催す事
    • 京に妖の夜行する事
    • 山科宮、山中の笛の音に惑わさるる事
    • 伴善男、吉夢を引き替ふる事
  • 応天の門 第5巻
    • 都にて、魂鎮めの祭の開かれる事
    • 長谷雄、唐美人に惑わさるる事
  • 応天の門 第6巻
    • 長谷雄、唐美人に惑わさるる事
    • 島田忠臣、菅家廊下につとむる事
    • 源融、庭に古桜を欲す事
  • 応天の門 第7巻
    • 藤原多美子、入内の事
  • 応天の門 第8巻
    • 都で流行りたりける暦の事
    • 大学寮にて騒ぎが起こる事
    • 菅原道真、遊行する比丘尼と会う事
    • 番外編 白梅、菅家門前にて仔犬を拾う事
  • 応天の門 第9巻
    • 菅原道真、遊行する比丘尼と会う事
    • 禍を呼ぶ男の童の事
    • 源融、別邸にて宴を催す事
  • 応天の門 第10巻
    • 藤原基経、道真と会遇する事
    • 都に馬頭鬼があらわるる事
    • 菅原道真、米算用をする事
    • 番外編
  • 応天の門 第11巻
    • 菅原道真、山中に椿の怪をみる事
    • 大路に髪切る鬼の現わるる事
    • 菅原道真、盗人に疑わるる事
    • 番外編 天女に魅入られたる男の事
  • 応天の門 第12巻
    • 菅原道真、盗人に疑わるる事
    • 在原業平、山中に桃源郷を見る事
    • 土師忠道、菅原道真と遇する事
  • 応天の門 第13巻 本作
    • 土師忠道、菅原道真と遇すること
    • 紀長谷雄、竹藪にて子を見付くる事
    • 都言道、山中にて天女に惑わさるる事
    • 番外編 業平、重陽に花を求むる事
  • 応天の門 第14巻
    • 在原業平、伊勢に呼ばれる事
    • 藤原良房、病に臥す事
  • 応天の門 第15巻
    • 典薬寮にて不老不死の薬が見つかる事
    • 源融、嵯峨に庭を望む事
    • 流人の隠岐より帰京する事
  • 応天の門 第16巻
  • 応天の門 第17巻
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第13巻の基本情報

登場人物紹介:源信

源信(みなもと の まこと)。嵯峨天皇の子(嵯峨第一源氏)。官位は正二位・左大臣。初代源氏長者で、北辺大臣と号しました。源融(みなもと の とおる)の兄です。

斉衡4年(857年)に藤原良房の太政大臣就任に伴い左大臣に昇進します。天安2年(858年)清和天皇の即位と同時に正二位に至ります。

貞観8年(866年)応天門の変において、日頃から仲の悪かった大納言・伴善男が源信が犯人だと告発したため、応天門放火の嫌疑を受け、朝廷の兵に邸を包囲されます。

しかし、藤原良房の弁護により、大納言・伴善男の陰謀であることが発覚し、難を逃れます。

関係年表

ーーー第13巻はここから?ーーー

  • 864(貞観6)
    • 富士山噴火(貞観大噴火)富士山噴火史上最大
    • 亡くなった人物(円仁(入唐八家))
  • 865(貞観7)
    • 大きな出来事がありませんでした。

ーーー第13巻はここまで?ーーー

  • 866(貞観8) 応天門の変
    • 最澄に伝教大師、円仁に慈覚大師の諡号が授けられる
    • 応天門の変(応天門炎上し、伴善男が罰せられる)

第13巻の「道真の平安時代講」【解説】本郷和人

  • コノハナサクヤヒメは、富士山を神体山とする富士山本宮浅間神社と国内約1300の浅間神社に祀られている女神です。天孫降臨のニニギノミコトの妻です。貞観大噴火は貞観6年(864)5月に爆発し、8月に朝廷は浅間神社の神に祈りを捧げるように命じました。
  • 日本で古くから焼かれていたものは陶器です。陶器は粘土からできており、磁器は石からできています。うわぐすりをかけて高温で焼いた陶器が現れるのは平安時代になってからでした。
  • 江戸時代でも貧しくて子供を育てられない人が普通におり、衛生観念も発達していなかったため、子供はたくさん死にました。江戸時代の人骨の特徴として、梅毒にかかった人がすごく多いことと、子供の骨がたくさん出てくるそうです。江戸時代ですらそのような状況で、平安時代はさらにひどかったでしょう。
  • 日本史でキノコというと、松茸とヒラタケです。松茸以外で食べられそうな茸をヒラタケと言っていました。
  • 山岳信仰は昔からありました。僧侶は山に入って修行しており、そうした歴史があるため、寺には山号があります。国司が任地にいる間に4年に1度行われる山の恵みに感謝する狩りに参加する資格を有する馬術、弓術に優れたものを武士を呼びました。山岳信仰は武士の誕生とも深く関係していました。

物語のあらすじ

土師忠道、菅原道真と遇すること

伴善男の縁者である伴清縄が土師忠道に接触しました。

伴清縄は先日の酒を台無しにされたことを伴善男が怒っていると言います。伴清縄は自分の代わりに酒を持っていけば丸く収まると、酒瓶を用意していました。

土師忠道は酒瓶を持っていこうとしましたが、すぐに割れてしまいます。はめられたのです。

ウロウロしている土師忠道の姿を菅原道真が見かけます。

土師忠道は源信を慕っており、菅原道真は成り行きで助けることになりました。

伴善男が屋敷に戻ろうとすると、牛車の牛が暴れ始めました。それを取り押さえたのが土師忠道です。

そして土師忠道は、伴善男のところに持っていくはずの酒瓶が割れてしまったと叫びます。

牛が暴れたのは、道真が麝香の入った香を牛に嗅がせたからでした。

伴善男は道真の入れ知恵であることに気が付きました。そして、内裏で土師忠道を左馬少属から甲斐権掾へ推挙しました。

道真はやり過ぎたことを悔いましたが、土師忠道はタマら親しい者との別れを済ませて甲斐へ向かいました。

紀長谷雄、竹藪にて子を見付くる事

大学寮からの帰りにどこかの雑色らしき男がやってきて、紀長谷雄に手紙を渡していきました。

長谷雄は書かれた通りの場所に向かったところ、竹藪の中に赤子がいたのです。竹藪に置き去りにするわけにもいかず、長谷雄は昭姫の店に赤子を連れてきました。

残された布には名前らしき文字が書かれており、紀長と読めました。大学寮には藤原紀長がいます。藤原紀長は藤原式家の四男です。

菅原道真は紀長谷雄と藤原紀長を見て、子供を預けるべき相手ではないと判断します。

そこで母親の方を探すことにしましたが、それと思われる屋敷は荒れ果て、だれも住んでいませんでした。

今度は里親探しを始めた二人ですが、なかなか見つかりません。そうこうしていると、在原業平に見つかり、昭姫の店で事の次第を話すことになります。

昭姫の店で在原業平は権少納言の奥方付きの初音を見かけました。たしか権少納言は去年の夏に流行り病で娘を亡くしていたはずです。

権少納言の奥方は子供を授かることを願っているようです。里親を望んでいるわけではないことが分かりました。

道真は藤原紀長にけじめをつけさせるために、嫌がらせをすることにしました。

そして赤子と権少納言の奥方との縁をつなぐための仕掛けをすることにしました。

都言道、山中にて天女に惑わさるる事

都言道は菅原是善に頼まれた文を道中で賊に盗まれてしまいました。

文は是善が恩ある齢85の鞍馬の御房に宛てたものです。富士山の先の噴火のことを何か覚えていないかを訪ねるものですので、大事なものではありませんでした。

都言道は天気が良かったので、鞍馬に直接向かわず、貴船北山の方に足を延ばし、道に迷ってしまったのです。

道に迷って朦朧としていると、美しい天女の一団に取り囲まれました。天女たちが食べさせてくれた茸は甘露のごとく美味でした。

気が付くと、森の中で丸裸にされ、身ぐるみはがされていたのです。

再び使いで行くことになり、是善は道長が同行することを命じました。

今度は使いを終え、寺からの帰り道、都言道は山賊探しに行こうと言い始めます。

すると一軒の山小屋を見つけます。そこには3人の老婆が住んでいました。道長はおそらくここが山賊のねぐらだと考えました。

伊勢、斎宮寮。

静子が呼ばれました。来月に儀式を控える宮の恬子の体調がすぐれません。静子は在原業平を奉幣使として伊勢に呼ぶことにしました。

番外編 業平、重陽に花を求むる事

在原業平の重陽節会の席次は藤原国経の隣になることが決まりました。

屋敷に戻る前に、女性を訪ねようと考えた業平でしたが、ことごとく都合が合いません。

止むに止まれず菅原家を訪ねると白梅らがとても歓迎してくれました。その中、菅原道真と紀長谷雄が戻ってきました。手には菊の花束を抱えています。皆で菊酒を楽しむことにしました。