灰原薬氏による「応天の門」の第16巻です。
第15巻の続きですので、引き続き貞観7年(865年)が舞台だと思います。
伴健岑が配流先の隠岐から恩赦によって放免されたのが貞観7年(865年)だからです。
季節は相撲節会が行われる七月の前です。
舞台となる時代については「テーマ:平安時代(藤原氏の台頭、承平・天慶の乱、摂関政治、国風文化)」にまとめています。
全巻の目次
第16巻の基本情報
関係年表
貞観6年(864年)
ーーー第16巻はここからーーー
- 864(貞観6)
- 富士山噴火(貞観大噴火)富士山噴火史上最大
- 亡くなった人物(円仁(入唐八家))
ーーー第16巻はここまでーーー
- 865(貞観7)
- 大きな出来事がありませんでした。
- 866(貞観8) 応天門の変
- 最澄に伝教大師、円仁に慈覚大師の諡号が授けられる
- 応天門の変(応天門炎上し、伴善男が罰せられる)
第16巻の「道真の平安時代講」【解説】本郷和人
- 佐比寺・佐比の河原について。平安京の佐比川周辺は遺体を捨てる葬送地で、特に九条大路との交差点付近は「佐比の河原(賽の河原)」と呼ばれていました。この時代には「賽の河原」の地蔵信仰は成立しておらず、庶民の遺体は鳥辺野・化野・河原などに放置されていました。
- 加持祈禱について。平安時代の仏教では密教が広まり、護摩を焚いて火中に供物や護摩木を投じ、仏に祈願する儀式が盛んに行われていました。疫病は「魔」がもたらすと考えられ、不動明王などに祈り、調伏法によって疫病を退けようとしたのです。
- 侍女のお仕事。平安時代の侍女は身分によって役割が異なり、上級の女性は話し相手や家庭教師などの頭脳労働、下級の女性は使いや外出の供などを担いました。給与や待遇の実態については史料が少なく、現物支給や主人からの贈与などがあったと考えられるものの、詳しい生活像は分かっていません。
- 相撲の始まり。相撲はもともと邪気を払い、五穀豊穣や無病息災を願う神事で、古代から行われ、平安時代には「相撲の節会」として朝廷の重要な行事となりました。全国から集まった力士は名誉を得て貴族に仕えたり、地元の有力者になったりしましたが、武士が台頭するにつれてその活動は衰退していきました。
- 内膳司について。伊勢神宮の外宮に祀られる豊受大神は天照大神の食事を司る女神であり、古来より食事が重要視されていました。律令制下では内膳司が天皇の日常の食事や調達を担い、高橋氏(後の浜島氏)などが海産物を仕入れて供していました。
- 九相図について。九相図は、絶世の美女の死体が腐敗して白骨化する経過を9段階で描いた仏教絵画です。すべては移り変わるという無常観を伝えるほか、僧侶の性欲を抑え修行に集中させるための教材として用いられました。
- 菅原家について。菅原道真の出自である「菅原氏」は天皇の葬送を担った土師氏がルーツであり、代々文章道を修める学問の「氏(姓)」です。鎌倉時代以降は公卿を輩出するようになり、高辻家、五条家、東坊城家、唐橋家、清岡家、桒原家の6つの学問の家(家系)に分かれ、明治まで続きました。
物語のあらすじ
流人の隠岐より帰京する事
伴健岑が京に近づいている。
伴中庸は伴健岑が京に到着する前に迎えようと考えているが、疫病神の祭で検非違使が佐比寺あたりまで出ている。
菅原道真は昭姫を訪ねていた。道真も伴健岑に会おうと考えていた。
恒寂に在原業平から立派な衣が届いた。それを見て恒寂は佐比寺に向かうことにした。警護には在原業平をつける。
恒寂が嵯峨から動いたという知らせが藤原良相にもたらされた。
菅原道真は伴健岑と入れ違いになってしまったことに気づいた。佐比寺に向かうしかない。
恒寂と在原業平が佐比寺についた。そして、寺には伴健岑が来ていた。
宵闇に鬼出る辻の事
毎年七月の相撲節会では近衛府から力自慢の男たちが諸国から集められ、神前試合を行っていた。
その直前、辻で鬼に襲われる事件が相次いでいた。
藤原高子の使い小菊が菅原邸を訪ねてきた。白梅が小菊に会うと、首に怪我をしてるのが気になり、話を聞いたところ鬼に襲われたのだという。
権中将の四男・藤原直世は小菊のせいで鬼に怪我をさせられたと逆恨みしていた。
藤原高子に小菊を差し出すか、高子に目通りさせよと要求してきた。
さもなくば、小菊を鬼術を使って神事を妨害した科で相撲司に訴えるという。
高子が対応に頭を悩ませているところに白梅がやってきた。
白梅が小菊を連れて菅原邸に戻った。
菅原道真が筆を厨子棚の下に転がしてしまって取れないのを困っていると、小菊が棚を軽々と持ち上げた。
道真は小菊の助けをするつもりはなかったが、高子は渡来の玉の筆置を手土産に持たせていた。
ちょうど京に小菊の兄三人がやってきていた。三人とも力持ちである。
それを利用して菅原道真はあることを思いついた。
死せる膳夫があつものを炊く事
藤原直世が藤原高子に難癖をつけた件は藤原基経に知らされた。
島田忠臣から菅原道真に文が届いた。
・・・
菅原道真は藤原基経の前にいた。
基経はあらぬ疑いをかけられて困っているから知恵を貸せという。
二日前、帝が食したあつものを大変気に入り、調理した者に褒美を与えると言ったが、該当する者がいなかった。
どういうことだと思うか。道真は基経に試された。
宴の松原に屍の出る事
屋敷に戻ると、在原業平が父を訪ねて来ていた。
高麻呂という名の菅原の名符を持った死体が出てきたというのだが、心当たりがない。
道真は祖父の時代の書から該当の名を見つけた。延暦の頃の者のようだ。
紀長谷雄に手伝わせながら高麻呂の記述を探した。
