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浅田次郎の「憑神」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)

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覚書/感想/コメント

幕末も幕末。大政奉還が行われた前後を舞台にしています。主人公別所彦四郎の昔らからの知り合いとして榎本釜次郎が登場します。この榎本釜次郎とは榎本武揚のことです。

主人公の別所彦四郎ですが、学問も剣術も榎本釜次郎より優れているという設定です。彦四郎の能力については榎本釜次郎も注目しているというのだから優秀な人間です。ですが、出世は榎本釜次郎の方がはるかに早い。比して、彦四郎はその能力に見合わず不幸な境遇にあります。

これに追い打ちをかけるようにして、取り憑くのが、貧乏神に疫病神、そして、もう一人…。

ドタバタのコメディタッチの作品かと思っていましたが、そうでもありません。

それに、幕末という設定である必要があったのか?と最初は思っていましたが、これが後半にいくに従ってこの時代でなければならない理由が分かってきます。

幕末から維新になり一番変わったことは八百年におよぶ武士の時代が名目上終焉を迎えたことです。

実質的には江戸の中期以降、商人の時代になっていましたが、これが名目上も商人の時代になるのが、維新以降です。

日本史上こうしたドラスティックな社会構造の変化があったのは数少ないです。

幕末とはこうした数少ない社会構造の変化の経過途中にあった時代なのです。

この幕末を舞台にして、家を重んじる武士のあり方を問う。それは先祖伝来の家宝を大事にし、先祖伝来の役目を重んじる、そうした生き方が果たして幕末という動乱の時代に生きている者として意義のあることなのかということでもあります。

こうしたことは、今までの武士の生き方を何の疑問も持たずにいた別所彦四郎が、三人の神に取り憑かれて、初めて考えるようになった事柄です。

この事に気が付かされるのは、もう一つには榎本釜次郎という人間の存在もあるでしょう。榎本釜次郎の家は歴とした由緒正しい幕臣ではありません。株を買って幕臣となった家なのです。

さらに、物語には”死”をみつめるという要素も加わります。この”死”というものも、舞台が幕末である大きな理由だと思います。というのは、武士にとって”死”比較的身近だった時代は戦国時代以降、幕末までなかったからです。

別所彦四郎の心の動きにあわせるようにして、もしくは先んじてその人格が変わっていく登場人物がいます。武士だが修験道を学んだ村田小文吾です。すばらし神力をもっているのですが、自他共に認める馬鹿。これが物語が進むに従って、鋭さを持った人間に変わっていくところが面白いのです。

最初は単なるとぼけたキャラクターばかりと思っていたのに。

さて、別所に取り憑く三人の神。一番人間くさいのが、九頭龍為五郎。

だが、これが厄介な疫病神。

苦笑いをしてしまったのが次の言葉です。

「なあに、どうということはない。わしの腹に触れた者は腹をこわす。手形を持った者は痛風に罹る程度でごんす」

どうということはあるでしょう。手形を持ったくらいで痛風になってはたまらんたまん…。

なお、この作品は映画化されました。映画「憑神」

(映画)憑神(つきがみ)(2007年)の考察と感想とあらすじは?
後半に行くにしたがって、段々とつまらなくなる。原作を読んだ時から、こうなる可能性があるなぁとは思っていた。ビンゴ!!!原作はそれなりに楽しめるのだが、映像化にはチト無理があるストーリー展開をしているのだ。

内容/あらすじ/ネタバレ

幕末。次男坊の別所彦四郎は婿入り先から出戻ってきて、今は兄の所に厄介になっている。学問も出来、直心影流男谷道場の免許皆伝まで授かり、婿入り先に不自由はなかった。婿入り先は小十人組組頭三百俵高の井上軍兵衛の家である。

彼には落ち度はなかった。だが、妻の八重に男児が生まれると雲行きが怪しくなり、あからさまな婿いびりが始まった。そして嵌められるようにして家を追い出されてしまった。

そうした鬱々とした気持ちの中、彦四郎は馴染みの親爺に向島土手下の三囲稲荷が霊験あらたかなのを聞かされる。神頼みでもしたい気持ちの彦四郎はそうしようかと思ってしまう。その稲荷に願をかけて出世したのに、川路左衛門尉や榎本釜次郎らがいるという。

榎本釜次郎は彦四郎も昔から知っている。榎本の名を聞いて気落ちをした彦四郎は、その帰り道、「三巡稲荷」という稲荷を見かけ願をかけた。

三巡稲荷の話を母にすると、よい言い伝えがないから手を合わせてはならないという。が、すでに遅い。

…恵比寿大黒に似た丸顔の男が彦四郎に近寄ってきた。伊勢屋と名乗った。そして、言うには自分は「貧乏神」だという。貧乏神はこうも言う。人に取り憑くのではなく、家に取り憑くのだと。

それはまずい。出戻りの厄介者の分際で、さらに家まで潰してしまってはご先祖さまに申し訳ない。

どうしようかと思っていると、さっそく、家にその霊験あらたかな力が発揮されたようで、札差に俸禄のすべてを押さえられてしまったという。兄は頼りにならない。彦四郎は何とか算段を付けるために奔走するが、上手くいくはずもない。

別所家の危機の中、彦四郎は久しぶりに村田小文吾に出会う。この小文吾に出会って、少し雲行きが変わっていく。

…三巡稲荷。文字通り、三度巡り来る。貧乏神が顕れて一文無しにしたあとは、疫病神がやって来るという。疫病神がやってきて七転八倒するというのだ。その後に…そこまで言って貧乏神は去った。九頭龍為五郎という力士のようなのが疫病神だった。

本書について

浅田次郎
憑神
新潮文庫 約三六〇頁

目次

憑神

登場人物

別所彦四郎
別所左兵衛…兄
村田小文吾
井上軍兵衛
八重…彦四郎の元妻
市太郎…彦四郎の息子
片山伊左衛門…御組頭
榎本釜次郎
青山主膳
蕎麦屋の親爺
伊勢屋
九頭龍為五郎
つや

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