覚書/感想/コメント
舞台となるのは西ローマ帝国の崩壊時。最後の皇帝ロムルス・アウグストゥスが主要な登場人物となっている。歴史にifがあるとした、冒険歴史小説である。
グリーヴァのドルイド僧、マーディン・エムリース、ローマ名メリディウス・アンブロシヌスの回想記という体裁をとっている。
マーディンは後にマーリンと呼ばれるようになる。そう、アーサー王伝説に登場する魔術師の名である。
アーサー王伝説を生み出すきっかけとなった出来事は、五世紀末にブリタニアで実際に起きたことであると、古くから認められているそうだ。
また、アーサー王伝説で有名な伝説の剣エクスカリバーは、ケルト語研究者たちの間で、「カリビ人の剣」を意味するラテン語「ensis caliburnusu」が縮まったものと解釈している。伝承の紀元を地中海地方にあるというのだ。
本書では少し別の説を採用している。「CAI.IUL.CAES.ENSIS CALIBURNUS’(ユリウス・カエサルのカリビ人の剣)」と銘打たれた剣。この銘の一部は岩の中に埋まっており、読取れるのは「E S CALIBUR」の文字だけ。土地の人は、この剣をエスカリバーと呼ぶようになり、やがてエクスカリバーとなったというのだ。
が、いずれにしても、地中海に紀元を発しているという点では共通している。
アーサー王伝説が西ローマ帝国が崩壊した五世紀末にブリタニアで実際に起きたこと、そして、エクスカリバーの名が地中海に由来することを考えると、本書のifは荒唐無稽な設定とは一概には言えない。
実際にある予言なのかどうかは不明だが、重要な予言が登場することで、不自然さをぬぐおうとしているが、前半部分と後半の流れに無理があり、少々苦しい展開となっている感じだ。
「剣を持った若者が南の海からやってきて、
平和と繁栄をもたらすであろう。
ブリタニアの大地の上を
鷲と竜がふたたび舞うであろう」
主要な登場人物として、過去の記憶を失っているアウレリウスがいる。彼の謎に包まれた過去というのも後半で明らかになっていく。
また、異色の戦士、コルネリウス・バティアトゥス。エチオピア出身のローマ兵である。実際にこうした戦士がいたのかどうかは不明だが、多彩な登場人物に支えられた小説である。
若干の荒唐無稽さがあるのは、本書の最初にも書かれているように、映画化を意識して書かれたためであろう。
まぁ、日本でいうところの源義経がチンギスハーンだったという説と似た感じの小説と考えればそれなりに楽しめる。
アーサー王伝説が五世紀末にブリタニアで実際に起きたことに着目して映画化された作品がある。2004年に日本で公開された「キング・アーサー」である。こうしたものも見てから本書を読むと面白さが増すだろう。
内容/あらすじ/ネタバレ
西暦四七六。デルトナ(現在のトルトーナ)の新無敵軍団駐屯地にオドアケルの軍勢が現われた。新無敵軍団を殲滅するつもりのようだ。アウレリウスは救援部隊の要請のために司令官の命令で駐屯地から抜け出した。救援を求めるのは西ローマ帝国軍総司令官・フラウィウス・オレステスである。
フラウィウス・オレステスは妻のフラウィア・セレナと一緒に息子ロムルス・アウグストゥスの十三歳の誕生日を祝っていた。息子は皇帝の座について三月が経っていた。
この場にオドアケルの側近ウルフィラが率いた軍が押しかけてきた。フラウィウス・オレステスは息子のロムルス・アウグストゥスを家庭教師のメリディウス・アンブロシヌスに預けて逃げさせた。が、囚われの身になり、オドアケルの所に運ばれていく。
翌朝。アウレリウスがこの場にたどり着いた。虫の息のフラウィウス・オレステスは息子であり皇帝のロムルス・アウグストゥスを救出してくれと頼み息絶えた。
アウレリウスはラヴェンナ王宮に連れて行かれたロムルスらを一人で救出しようと忍び込んでいった。だが、無謀にすぎ、失敗に終わった。
オドアケルは皇帝の紋章を東ローマ帝国のゼノン帝の元に送り、代りに自分を西の軍司令官に任命してもらおうと考えた。世界に皇帝は一人でよい。
ロムルス・アウグストゥスは自分の監視下に置くため、カプリ島に幽閉することにした。
アウレリウスは皇帝の奪還に失敗した際、怪我を負っていた。そして、倒れていたところをリウィア・プリスカという女性に助けられた。このリウィアをラヴェンナ王宮の侍従長アンテミウスが訪ねてきた。アンテミウスは皇帝ロムルス・アウグストゥスを逃がすという。
アウレリウスは新無敵軍団の仲間が生きていることを知った。皇帝ロムルス・アウグストゥスの奪還のためにはこの仲間達の力が必要だ。リウィアと二人だけでは奪還は無理である。だが、仲間の救出より先に、皇帝がどこに送られようとしているのかを知るのが先である。皇帝はカプリ島に送られようとしているのが分かった。
バティアトゥスの姿を見た。ウァトレヌスの姿を見た。アウレリウスはこみ上げる涙をこらえることが出来なかった。彼らは剣闘士として生きながらえていたのだ。アウレリウスは混乱を引き起こして二人を救出した。
他に、デメトリウス、オロシウスという戦争捕虜も救出できた。この二人をウァトレヌスは保証するといった。信頼できる仲間と一緒にカプリ島に幽閉されている皇帝の奪還作戦が始まった。
カプリ島ではロムルスが意外なものを発見していた。地下に秘密の洞窟があるのを偶然発見したロムルスは、そこでユリウス・カエサルの剣を見つけた。
カリビの剣。カリビ人が鍛造した剣で、カエサルが命を助けた刀匠が鉄隕石を使って刀を打ったといわれている。アララト山の氷河で見つかった石を火で熱し、三日三晩休みなく打ち続け、獅子の血で冷やしたといわれる伝説の剣だ。
信じられないことだが、救出に成功した。あとは皇帝をアンテミウスの所に送り届ければよい。が、計画が変更になった。というより、東ローマ帝国の政情が変化したため、計画の変更が余儀なくされたのだ。
アンブロシヌスはブリタニアへ行こうという。仲間達もこれに同意した。この一行を追うのが、オドアケルの側近ウルフィラである。壮絶な逃走劇を繰り広げながら、アルプスを越え、ライン川を下り、ついにブリタニアにたどり着いた。
本書について
ヴァレリオ・マンフレディ
カエサルの魔剣
文春文庫 約五六五頁
ローマ時代
目次
プロローグ
第一部
第二部
第三部
エピローグ
登場人物
ロムルス・アウグストゥス…西ローマ帝国皇帝
メリディウス・アンブロシヌス(マーディン・エムリース)…ロムルスの家庭教師
アウレリウス・アンブロシウス・ウェンティディウス…西ローマ帝国新無敵軍団兵士
ユーバ…愛馬
コルネリウス・バティアトゥス…西ローマ帝国新無敵軍団兵士、エチオピア出身
ルフィウス・ウァトレヌス…西ローマ帝国新無敵軍団兵士
リウィア・プリスカ…ヴェネティアの女戦士
デメトリウス…戦争捕虜
オロシウス…戦争捕虜
フラウィウス・オレステス…ロムルスの父、西ローマ帝国軍総司令官
フラウィア・セレナ…ロムルスの母
アンテミウス…ラヴェンナ王宮の侍従長
ステファヌス…アンテミウスの秘書兼護衛
オドアケル…西ローマ帝国軍傭兵隊長、反乱者
ウルフィラ…オドアケルの側近
ウルシヌス
アガタ
セルギウス・ウォルシアヌス…ローマ領シャグリウス王国軍近衛隊長
ウォルティゲルン…ブリタニアの支配者
クステニン…アンブロシヌスの友人、元無敵軍団副司令官