浅田次郎「輪違屋糸里」の感想とあらすじは?

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新撰組もの。舞台は江戸時代末期。

壬生義士伝」が男の目線から見た新撰組なら、この「輪違屋糸里」は女の目線から見た新撰組です。

しかも、時期が限定されています。まだ壬生浪士組と呼ばれていた時期から、芹沢鴨が暗殺されるまでの時期が舞台となっているのです。

目線は、輪違屋糸里、菱屋のお梅、八木家のおまさ、前川家のお勝、桔梗屋の吉栄の五人です。

題名にもなっている糸里の目線が主になっているわけではありません。むしろ、おまさやお勝の目線からの方が多いです。

ですが、糸里の名を題名にしているのは、うなずける部分があります。これは上巻でのことではなく、下巻のしかも最後の方を読めばうなずけるのです。

糸里を題名にしたのは、新しい時代の新しい女を代表させたということなのでしょう。

従来、芹沢鴨というと、イメージの悪さが付きまとっていました。ですが、本書はそのイメージを覆しています。

糸里というのは子母澤寛氏の「新撰組始末記」以外の文献には登場しないようです。

そもそも輪違屋にいたのかどうかも怪しいとか…。永倉新八も糸里という人物がいたことは証言していますが、はっきりしません。親友の吉栄も史料には見当たりません。

幕末の伝説の太夫・桜木太夫は輪違屋にいたようですが、これが糸里とどのような関係があったのかは不明だそうです。

この辺を、ごく自然に処理して物語を描いているのだから、すごいものです。

また、物語の最後に糸里が詠んだ歌がありますが、これは作者の創作だといいます。

さて、本作の主題の新鮮さは、新撰組の芹沢鴨暗殺事件を扱っている点にあるわけではありません。

それは、百姓が侍を殺すという、身分の壁を乗り越えるドラマを描いている点にあります。

本作で繰り返し描かれるのが、近藤勇の一派が、芹沢一派に一目も二目も置くのは、侍に対する憧憬と恐怖が骨の髄からしみついているからです。

それを克服することで、真の侍になろうという姿を描いている作品と言っていいのかもしれません。

もしくは、革命期たる幕末において、幕府内部においても、身分の垣根を超える革命を描いた作品と言っていいのかもしれません。

浅田次郎 浅田次郎の新撰組を扱った作品として「壬生義士伝」がある。

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内容/あらすじ/ネタバレ

生まれ育った小浜の景色は忘れなかった。女衒に買われて京に上ったのは数えの六つの時だった。

泣きついて、母から貰った名を奪われることなく、いとはその日から、輪違屋の糸里と呼ばれることになった…。

文久三年。糸里が輪違屋に買われて十年がたっていた。その間に、島原のしきたりを覚え、芸事を学び、天神と呼ばれる芸妓に出世した。

音羽太夫が糸里を呼んでいる。輪違屋の女将を母とするなら、音羽太夫は甘えてはならぬ姉である。糸里はすべてを音羽太夫から学んだのである。島原の太夫は五位の格式をもつ。

音羽太夫は糸里にぼちぼち太夫にしてはどうかという話があると言った。それで、太夫になるには五百両の支度金を出してくれる旦那さんが必要だ。

音羽太夫は糸里に言い聞かすように語りかけたが、糸里の体が拒否をした。好きでもない人に体をゆだねるのは嫌だった。

そこに音羽太夫への逢状がかかった。相手は壬生浪士組の芹沢だった。

芹沢は島原の礼義を無視する。音羽太夫は島原傾城の矜りにかけて芹沢の不調法を正さねばならない。

音羽太夫は糸里のことを考えていた。自分に似ていると思う。糸里に向ける愛情は、いやなさだめにいやとは言えない島原の妓すべてに向けられたものである。

角屋には土方歳三がすでにいた。土方が糸里に懸想しているという噂がある。だが、この時音羽太夫は土方の本質をのぞき見た気がした。
この時、芹沢が姿を現した…。

袈裟に斬られた音羽太夫が輪違屋に運び込まれてきた。芹沢に無礼討ちをされたというのだ。

臨終のとき、音羽太夫は糸里に、恨むのやない、だあれも恨むのやない、ご恩だけ、胸に刻め…、と言い残した。

お梅は番頭の儀助が芹沢が輪違屋の太夫を無礼討ちにした話をするのを聞いていた。お梅は京に上ってから七年もたつが江戸訛りが消えない。そのお梅と芹沢が道ならぬ仲となって二月がたつ。

お梅が来るまで、菱屋は潰れかかった店だった。それをお梅が武家筋の客を取り込んで、その掛け取りを自ら行うことで立て直してきた。

壬生浪士組の屯所になっている前川家にお梅が出かけた。お勝はお梅が来たと聞いて驚いた。お梅は滅法な美人で、弟の太兵衛が熱をあげたのは無理もないと思っている。

そのお梅は芹沢がいない間に近藤勇に掛け取りに来たのだった。困っている近藤を前に新見錦が現れ、お梅の前に小判をばら撒いた。京はこれで料簡せいということだ。

お梅は絵にかいたような江戸前の獏連女だった。太兵衛の惚れられて京にやってきて、奥座敷に籠って役立たずの女房を追いだして、菱屋を立て直してやった。

吉栄は平山五郎の胸に頬を傾けていた。

逢瀬が終わった帰り道、吉栄は糸里にあった。二人は年は違うが天神あがりは同じだった。糸里なら音羽の跡をとるどころか、伝説の名妓にもなるだろうと思う。

己の技量に見切りをつけている吉栄にしてみると、糸里は目に見える夢だった。だからこそ糸里と親しいことはうれしかった。
壬生では八木家のおまさと前川家のお勝が話していた。

壬生浪士組の中で永倉新八が芹沢派からも近藤派からも孤立している。その理由が分かっていないのではないか。永倉は百五十石取りの毛並みのよさが垣根になっているのだ。

そして、浪士組の中で怖いのは芹沢ではなく土方歳三だと話し合っている。

お勝には芹沢が二人いるようにしか思えなかった。それほどしらふの芹沢と酔った芹沢は別人だった。

その芹沢が土いじりをしていた。郷士の三男坊であるため百姓のまねごとをしてきていたのだった。それを知り、芹沢が根は近藤や土方と全く同じであるのに、ことさら領主の若様を演じていることに不器用さを感じた。

これを聞いたおまさは壬生浪士組のぎくしゃくした関係というのがすべて分かってしまったという。

近藤も土方も百姓の出の俄か侍だ。たまたま芹沢は水戸天狗の看板を背負い、成り行きで枝を広げているが、正体は同じである。酒でも飲まなければ怖くてならないのだろう…。

芹沢ばかりでなく、近藤や他の隊士たちも、なまじ剣の腕が立ち、学問もあるからこそ、故郷に身の置き場が無くなったのであろう。
火事が起きた。京でも指折りの糸問屋・大和屋が火元だ。

あろうことか大和屋は壬生浪士組が火をつけていた。火をつけたのが芹沢鴨の一派だった。

四日後、会津藩から近藤たちに呼び出しがかかった。呼ばれたのは近藤勇、土方歳三、山南敬助、沖田総司、原田左之助、藤堂平助、井上源三郎の七名だった。

一体何の呼び出しだというのだ?お勝の胸の中には不安がよぎる。

糸里が意外な人物から逢状を受け取った。芹沢鴨の手下である平間重助だ。

平間は火付騒動がこのままで済むとは思っていなかった。少しでも近藤派の動きを知りたいと思っている。そこで土方と親しい糸里から情報を貰えないかと思ったのだった。

芹沢はお梅に、大和屋の一件は会津の重臣方が考えて実行させたことだと言った。

先だって公方様が江戸に戻って、俄かに尊皇攘夷派が気勢を上げ始めた。この尊皇攘夷派の腹にあるのは倒幕である。長州と一部の公家とが結託して、会津藩の勤番交代時期を狙って事を起こそうと企んでいるらしい。

会津の藩士たちは出立してしまったが、ここで洛中に大きな騒ぎが起これば、下向中の会津藩兵を呼び戻せるわけだ。

そこで白羽の矢が立ったのが芹沢だった。水戸者は壊すばかりで、作ることを知らぬ…。それを逆手に取ったのだった。

長州に謀反の兆しあり。壬生浪士組も守備につけとの命が出た。

糸里は吉栄が芸事に劣っているとは思わない。心の優しい女で、おのれよりも他人のことばかりを考える。だから人に侮られる。その言葉を信じて、自分を見下してしまう。

八木邸で斎藤一は刀の手入れに余念がない。

壬生浪士組には新撰組の名がついた。

怪しいものがいた場合、これからは新撰組の屯所で詮議することになった。お勝はいやだった。

そしてお勝は思いもよらぬ鬼の姿を見てしまった。それは土方歳三だった。この男は侍ではない。長州人を憎んでいるのではなく、侍を憎んでいる。それも心の奥底から…。

糸里が土方から逢状を受け取った。逢う場所は壬生の屯所。

そこには土方だけでなく、芹沢もいた。そして、芹沢から思いもよらぬことを聞かされた。それを聞いた土方は動ずるふうでもない。

芹沢は土方に踏み絵を踏ませたのだと思った。おぬしに二心なくば、糸里を差し出せ…。糸里にははっきりと聞こえたのだった。

近藤勇らが呼ばれた時、何と言われたのか。誰が考えても新撰組に二人の局長がいるのは不自然だ。みな芹沢に服せと会津藩は命じたに違いない。八木源之丞はそう推測していた。

新撰組の金の算段は芹沢と新見が行っているようだ。食いぶちが多く、新撰組は会津藩のお抱えではなくお預かりのままであるのも、金の算段は己でやらなければならない元になっているようだった。

その算段も大和屋の一件以来、芹沢から新見が行うようになっているようだった。

芹沢と近藤がさしで飲んだ。おまさにとって意外だったのは、犬猿の仲と思っていた二人の親密さである。

おまさが下がったところで、芹沢は土方が起草した局中法度を話題にした。特に三条目だ。勝手に金策いたすべからず。

続いて、糸里天神の話題になった。芹沢は土方と手を握りたいのに、相手が隙を見せないでいるために、思うように運んでいないことを明かしていた。

八月十八日の政変以来、菱屋の商いは止まってしまった。上客の長州が逃げてしまったからである。

土方は糸里を相手に会津藩邸に呼ばれた日のことを話した。

あの日、松平容保は大和屋の一件で激怒していた。そして、芹沢を斬れと命じたのだった。

わかるか、おいと。俺たちは踏絵を踏まされるんだ。お前たちは百姓か、それとも武士か。武士なら、この絵を踏んでみよ…。

土方は糸里にねむり薬を渡した。

九月十二日。水戸藩が新撰組の屯所にやってきた。

水戸藩邸近くの商家に押し借りをしようとした浪士を捕縛したところ、新撰組副長・新見錦と名乗った。ところが、これは水戸脱藩の田中伊織であることが判明した。噂では聞いていたが、ここに他に水戸者がいればだせと言ってきたのだった。

水戸藩は芹沢を出せと言ってきていたのだった。

門前では近藤勇が水戸藩と激しくやり合っている。

今の芹沢は進退がきわまっている。できることなら身を引きたいに違いない。新見はそうした芹沢の立場を考え、わざと水戸藩に捕まったに違いなかった。そして、おのれの罪が許されることになれば、芹沢もかまいなしになるはずである。今、水戸藩には人物がいない。

そもそも、この偶然を装った事の顛末の筋書きを描いたのは芹沢の実兄であった。しかし、かねてより筋書きを理解していたはずの芹沢が出てこなかったのだから、目論見が外れた。

新撰組は新見錦を引き取りに出かけた。その帰り道、土方は新見に腹を斬れと迫った。その介錯を永倉新八にさせた。
吉栄は平山五郎の子を身ごもっていた。

お梅は太兵衛、前川荘司、儀助を前に座らされた。そして、焦げ付いた長州の二百両の責任を取れといわれた。太兵衛ともども店から手を引いて、儀助にあずけろというのだ。

冗談じゃない。お梅は鉄火な口調で反論した。

お梅が薩摩屋敷を出て、下鴨の別宅によった。太兵衛が愛人と別れていることを確かめるつもりだったからだ。

だが、そこにいた愛人とは、かつてお梅がたたき出した女房だった…。

山南敬助がおまさに、今晩は島原で一席をもうけるので夕飯はいらないといった。

そして五十名を超える隊士がこぞって島原に繰り出した。

おまさは山南の物言いが気になって仕方がない。

沖田総司は怖かった。これから斬ろうとしている人間は、足軽と百姓が父祖代々かしずいてきた侍をたおすのだ。しかもその侍は尊皇攘夷思想の権化、英雄にふさわしい。

島原で軽く飲んで、八木邸で飲み直すことになった。ここで招かれざる客が来た。お梅だ。

土方は事が終わったときに、お梅を含め、この暗殺に手を貸している糸里、吉栄の三人も殺すつもりでいるはずだ。沖田は土方がそういう男であることを知っていた。

離れの倉では永倉と斎藤が新見の棺を前にしている。永倉はようやく事の状況を理解していた。だが、斎藤が立ちはだかっており、身動きが取れない。

殺戮が始まった。ねむり薬入りの酒を飲まされた芹沢に刀を突き刺したのは沖田総司だった。

ことが終わった後、土方は糸里らを殺そうとした。

ここがおなごの正念場だ。自分も、吉栄も吉栄のお腹の子も殺させない。糸里は誓った。

糸里が会津藩邸に呼ばれた。まだ立ち向かわなければならない戦がある。

松平容保に一首詠んだ。

気味がため 惜しからざらむ身なれども 咲くが誉や 五位の桜木

容保は土方と糸里が夫婦になるのは許さなかった。そして糸里には桜木太夫と名乗るように命じた。

小浜藩。

妙円は藩から一人の女を託されていた。名をゆきといった。

ゆきは女の子を産んで、おいとと名をつけていた…。

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本書について

浅田次郎
輪違屋糸里
文春文庫

登場人物

糸里…輪違屋の天神
音羽太夫…輪違屋の太夫
吉栄…桔梗屋の天神
芹沢鴨…新撰組筆頭局長
新見錦…新撰組副長
平山五郎…隊士
平間重助…隊士
近藤勇…新撰組局長
土方歳三…新撰組副長
山南敬助…副長
井上源三郎…副長助勤
沖田総司…一番隊長
永倉新八…二番隊長
斎藤一…三番隊長
藤堂平助…八番隊長
原田左之助…十番隊長
松平容保…会津藩主
太兵衛…菱屋の四代目
お梅…太兵衛の妾、芹沢の愛人
儀助…菱屋の番頭
八木源之丞…壬生郷士
おまさ…源之丞の妻
お勝…前川家の女房、太兵衛の姉

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