記事内に広告が含まれています。

山本兼一の「火天の城」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)

この記事は約5分で読めます。
スポンサーリンク

覚書/感想/コメント

第十一回松本清張賞

織田信長の最後の居城・安土城をつくった職人たちの物語です。天主を担当した岡部又右衛門以言、岡部又兵衛以俊の親子を主人公としています。

安土城は謎に包まれている城です。

というのは、短期間で焼け落ちてしまっているため、現存しておらず、安土城を模写した図というのが残っていないからです。

もう少し長く存在していれば、多くの絵や図が残っていた可能性があるだけに残念です。

ですから、その姿というのが分かりません。復元された安土城の天主の上層二階というのも、想像上のものでしかありません。

唯一安土城を描いたと思われる屏風がありますが、行方不明となっており発見されていません。

これは、信長が狩野永徳に描かせた金箔の屏風で、アレッサンドロ・ヴァリニャーノに同行した天正遣欧使節によりバチカン教皇庁に保管されたものです。

ローマ教皇が代わるとその度に持ち物が入れ替わったというので、どこかの時点でバチカンの外に出てしまったようです。そして、そのまま行方不明となっています。

その安土城の建設を描いている小説です。安土城の普請を妨害する六角の一味や武田の一味も登場し、岡部一門に非協力的な池上五郎右衛門といった存在もあり、一筋縄にはいきません。

それに、そもそも安土城自体が全体未聞の大きさを誇る城です。

岡部又右衛門の構想では、総床面積四百五十九坪、柱数合計四百七十二本、木組みには金物は使いませんが板物を打ち付ける釘など十一万本、瓦十一万四千枚。建築に必要な番匠が延べ十三万七千七百人。

それ以外の職人を含めれば毎日千人から必要であり、延べ総数が百万を軽く超えます。運搬の人間まで加えれば、六十六州を総動員するほどの人間が必要な城です。

まさに化け物の城なのです。

加えて山城にかかわらず石垣にします。最大のネックとなるのが蛇石という巨石の存在です。

石は五百貫(約一.九トン)あれば、百人持ちという。三万貫の蛇石は六千人。山を登らせるとなると、その倍。いったん動かせば途中で止めることは出来ません。昼夜交代の人足が必要で、さらに倍。二万四千が必要となります。

ここまで苦労してつくった安土城ですが、信長の死ほどなくして焼失します。

その理由は様々に言い伝えられており、真偽は分かりません。

もちろん、本書でもこの場面が描かれています。

本作品は2009年に映画化されました。「火天の城」

(映画)火天の城(2009年)の考察と感想とあらすじは?
築城わずか三年で焼失してしまったゆえに「幻の城」といわれる安土城。その建設秘話を書いた山本兼一氏の小説「火天の城」を映画化。安土城はその図面が残っていないがゆえに、どのような城だったのかが今なお不明な点が多い。

内容/あらすじ/ネタバレ

岡部又右衛門以言が織田信長に出会ったのは、信長が桶狭間の戦いに出る時であった。勝って帰ってきた信長は又右衛門にいつの日か城を建ててくれという。この時以来、岡部又右衛門と一門は信長のための番匠となった。

 天正三年(一五七五)の霜月も終わり。織田信長は近江に城を築くという。この国で初めて山の頂に天守櫓を建てたのは信長である。稲葉山山頂に三重瓦葺きの櫓がそびえる。今度は五重の天守をたてるという。

岡部又右衛門はうなった。それだけの大きさの天守となれば、屋根瓦や壁を含め、建物全体の重さが何万貫になるかしれない。長い年月にわたって地震や風雪に耐えうるのか。こればかりは建ててみなければ分からない。

だが、又右衛門は引き受けた。ようは自分自身がこの天守を建てたいかどうかである。答えはすぐに出る。

建てる場所は安土山だという。

長い隊列が岐阜から安土へと向かっていた。天守や大きな屋形の指図(設計図)は、これまで父又右衛門が描いてきたが、そろそろ自分に代わってもいいのではないかと岡部又兵衛以俊は思っていた。総棟梁の父がせずに、若棟梁の自分に任せればよいのだ。

この思いを以俊は又右衛門に伝えた。すると意外にも指図を描いてみればいいという。描くのは勝手だし、勉強にもなるからだ。もし信長が以俊の指図を気に入ればそれを建てることになる。

天正四年(一五七六)。安土の山下には岡部一門が到着して板葺きの町屋が立ち並んでいた。

信長は天守を南蛮風にするという。そして、山も石で築城することになった。南蛮風の建物を知らない又右衛門は背筋に脂汗を流した。

信長は言う。天主櫓の内を御殿造りにする。そして天主櫓を座所とする。また、内部に吹き抜けの大きな空間を作る。

この注文に又右衛門は致命的な欠陥を見ていた。それは吹き抜けの空間である。

以俊は京へ行かせてくれと又右衛門に頼んだ。京では南蛮寺を建てているという。伴天連に天主堂の話を聞きたいのだという。聞き届けられた以俊は早速京へ向かった。そしてオルガンティーノに南蛮建築を教わった。

天主の指図には競争相手が現れた。又右衛門は自信はあるものの、必ずしも自分の指図が採用されるとは限らないことを知っていた。

息子の以俊も指図を描いてきた。あっぱれな外観である。だが、内側が問題である。信長の注文通りの大きな吹き抜けを作っている。又右衛門は吹き抜けを作りたくない大きな理由があった。

それは、吹き抜けを作ることで、そこが火の通り道となるためである。想像以上に火の回りが早くなるのだ。

安土城の建築に必要な番匠が延べ十三万七千七百人。それ以外の職人を含めれば毎日千人から必要であり、延べ総数が百万を軽く超える。運搬の人間まで加えれば、六十六州を総動員するほどの人間が必要だ。

この天主は化け物だ。又右衛門はそう思った。

安土城の石垣の工事で石工を束ねるのは戸波駿河守清兵衛である。ある日、とてつもなく大きな石が掘り出された。その蛇石を戸波は運ぶことを拒絶した。

あまりにも大きすぎるが故に、運ぶことで大きな犠牲を払うことが分かっていたからである。果たして、戸波の予想通りになった。

多大な犠牲をはらって蛇石をのぼらせると、今度は又右衛門が倒れた。以俊は元気だったが、次から次へと病で倒れていく者が現れた。どうやら乱波が策動しているらしい。

そして、病の発生順を追っていくと、岡部一門に乱波がいるかもしれないということがわかった…。

本書について

山本兼一
火天の城
文春文庫 約四二〇頁
安土・桃山時代

目次

火天の城

登場人物

岡部又右衛門以言
田鶴…又兵衛の妻
岡部又兵衛以俊…息子
瑞江…以俊の妻
弥吉
市造
うね
織田信長
木村次郎左衛門
西尾小左衛門義次…石奉行
戸波駿河守清兵衛…石工頭
池上五郎右衛門
一官…瓦職人
六角承禎
左平次
木曾義昌
甚兵衛…大庄屋
ニョッキ・ソルド・オルガンティーノ…司祭

映画の原作になった小説

池波正太郎「鬼平犯科帳 第8巻」の感想とあらすじは?

今ひとつピリッとした感じがない。平蔵ら火付盗賊改方の派手な大立ち回りや、なじみの密偵達の華々しい活躍が乏しく感じられるためだろう。唯一「流星」がスケールを感じる短編である。

司馬遼太郎の「城をとる話」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)
覚書/感想/コメント昭和三十九年(1964年)に俳優・石原裕次郎氏が司馬遼太郎氏を訪ね、主演する映画の原作を頼みました。それが本作です。司馬氏は石原裕次郎氏が好きで、石原氏たっての願いを無下に断れるようではなかったようです。映画題名「城取り...
佐伯泰英の「居眠り磐音江戸双紙 第1巻 陽炎ノ辻」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)
坂崎磐音が豊後関前藩を出て江戸で暮らさなければならなくなった事件から物語は始まる。居眠り磐音の異名は、磐音の師・中戸信継が磐音の剣を評した言葉である。
藤沢周平「たそがれ清兵衛」の感想とあらすじは?
短編八作。全てが、剣士としては一流なのだが、一癖も二癖もある人物が主人公となっている。2002年の映画「たそがれ清兵衛」(第76回アカデミー賞外国語作品賞ノミネート。)の原作のひとつ。
井上靖「おろしや国酔夢譚」の感想とあらすじは?(映画の原作です)
覚書/感想/コメント「序章」で大黒屋光太夫ら伊勢漂民以外のロシアに漂着した漂民を簡単に書いています。それらの漂民は日本に帰ることはかないませんでした。ですが、この小説の主人公大黒屋光太夫は日本に帰ることを得たのです。帰ることを得たのですが、...
池波正太郎「仕掛人・藤枝梅安 第1巻 殺しの四人」の感想とあらすじは?
仕掛人シリーズの第一弾です。藤枝梅安と彦次郎の二入の過去が随所に散りばめられ、二人の背景となる事柄がこの一冊でおよそ分かります。また、仕掛人の世界に独特の言葉も解説されており、今後のシリーズを読む際の助けになります。今後このシリーズの脇を固...
池波正太郎「鬼平犯科帳 第6巻」の感想とあらすじは?

主立った登場人物が登場しつくし、登場人物が落ち着いてきている。本作で印象に残るのが、「大川の隠居」である。火付盗賊改方に盗っ人が入り込み、その盗っ人と平蔵の駆け引きがとても面白い作品である。

和田竜「のぼうの城」の感想とあらすじは?

脚本「忍ぶの城」を小説化したのが「のぼうの城」である。舞台は秀吉の北条氏討伐で唯一落ちなかった忍城(おしじょう)の攻城戦。この忍城の攻防戦自体がかなり面白い。十倍を超える敵を相手に一月以上も籠城を重ね、ついに落ちなかった。

池波正太郎「鬼平犯科帳 第2巻」の感想とあらすじは?

本書、第二話「谷中・いろは茶屋」で同心の中でも憎めない登場人物の木村忠吾が初登場する。本書では二話で主要な役割を果たす。また、小房の粂八と相模の彦十は密偵として板に付き始めてきているようである。

藤沢周平「時雨みち」の感想とあらすじは?
「帰還せず」と「滴る汗」は藤沢周平には珍しい公儀隠密もの。印象に残る作品は「山桜」と「亭主の仲間」。「山桜」が2008年に映画化されました。
浅田次郎の「憑神」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)
幕末も幕末。大政奉還が行われた前後を舞台にしている。主人公別所彦四郎の昔らからの知り合いとして榎本釜次郎が登場する。この榎本釜次郎とは榎本武揚のことである。
池波正太郎「闇の狩人」の感想とあらすじは?

仕掛人の世界と盗賊の世界。本書はある意味「鬼平犯科帳」の盗賊の世界と「仕掛人・藤枝梅安」の香具師の世界を同時に楽しめる、かなりおいしい作品である。

海音寺潮五郎「天と地と」の感想とあらすじは?
本書は上杉謙信の側から見事に描ききった小説であると思う。本書では、上杉謙信が亡くなるまでを描いているのではない。しかし、重要な局面で印象的に小説は終了している。
藤沢周平の「花のあと」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)
「旅の誘い」は「暗殺の年輪」に収録されている「冥い海」とあわせて読むと面白い。「冥い海」は葛飾北斎から見た広重が描かれており、「旅の誘い」では安藤広重から見た葛飾北斎が書かれている。
藤沢周平「雪明かり」の感想とあらすじは?
直木賞受賞前後の短編集。大雑把には前半が市井もので、後半が武家ものだが、中間のものは市井もの武家もの半々である。藤沢周平としては前期の作品群になる。
藤沢周平「隠し剣孤影抄」の感想とあらすじは?
それぞれの秘剣に特徴があるのが本書の魅力であろう。独創的な秘剣がそれぞれに冴えわたる。それがどのようなものなのかは、本書を是非読まれたい。特に印象的なのは、二編目の「臆病剣松風」と「宿命剣鬼走り」である。
ヴァレリオ・マンフレディの「カエサルの魔剣」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)
覚書/感想/コメント舞台となるのは西ローマ帝国の崩壊時。最後の皇帝ロムルス・アウグストゥスが主要な登場人物となっています。歴史にifがあるとした、冒険歴史小説です。グリーヴァのドルイド僧、マーディン・エムリース、ローマ名メリディウス・アンブ...
宇江佐真理の「雷桜」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)
江戸という都会から少しだけ離れた山里。その山里にある不思議な山という特殊な空間が、現実を忘れさせてくれる舞台となっている。そして、そこで出会うお遊と斉道というのは、まるでシンデレラ・ストーリー。
井上靖の「風林火山」を読んだ感想とあらすじ(映画の原作)
物語は、山本勘助が武田家に仕え、勘助が死んだ武田信玄(武田晴信)と上杉謙信(長尾景虎)との幾度と行われた戦の中で最大の川中島の決戦までを描いている。
夢枕獏「陰陽師」第1巻」の感想とあらすじは?
ドロドロしたオカルトチックな印象はないが、不可思議な世界感の作品である。それに、闇が舞台になっていることが多いわりには、ホラーっぽくない。静かで優雅な感じすらする。