大円寺の歴史と見どころ紹介(東京都目黒区)元祖山手七福神の大黒天

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大円寺の本堂

目黒不動の恵比寿様の次に現れたのが弁天様の蟠龍寺に続いて大黒様の大円寺(だいえんじ)です。

このお寺が最後で、次が散歩終点の目黒駅です。

この日のルートは、不動前駅→目黒駅。

不動前駅 ⇒ 目黒不動(瀧泉寺) ⇒ 天恩山五百羅漢寺 ⇒ 永寿山海福寺 ⇒ 蟠龍寺 ⇒ 目黒の太鼓橋 ⇒ 大円寺 ⇒ 目黒駅

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江戸三大大火の火元

大円寺の由緒板

下目黒にある天台宗の寺院で山号は松林山。本尊は釈迦如来。

大黒天を祀り、山の手七福神のひとつ。

七福神を巡る|元祖山手七福神
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江戸時代の寛永年間(1624年 – 1644年)に湯殿山修験道の行者大海が創建したのに始まるとされます。

大円寺の入り口

1772年(明和9年)2月に発生した大火(明和の大火・行人坂火事)の火元となった寺であることから、江戸幕府から再建の許可が得られませんでした。

明和の大火(めいわのたいか)とは、明和9年2月29日(1772年4月1日)に江戸で発生した大火災である。
明暦の大火、文化の大火と共に江戸三大大火の一つといわれる。目黒行人坂(現在の目黒区下目黒一丁目付近)から出火したため、目黒行人坂大火とも呼ばれる。

火元
「明暦3年、明和9年、文化3年各出火記録控」によると、出火元は目黒の大円寺。放火犯は武州熊谷無宿の真秀という坊主。火付盗賊改長官である長谷川宣雄長谷川宣以の父親)の配下によって明和9年4月頃に捕縛された。6月22日(1772年7月22日)に市中引き回しの上、小塚原で火刑に処された。

被害
2月29日(4月1日)13時頃に目黒の大円寺から出火した炎は南西からの風にあおられ、麻布、京橋、日本橋を襲い、江戸城下の武家屋敷を焼き尽くし、神田、千住方面まで燃え広がった。一旦は小塚原付近で鎮火したものの、18時頃に本郷から再出火。駒込、根岸を焼いた。30日(2日)の昼頃には鎮火したかに見えたが、3月1日(3日)の10時頃馬喰町付近からまたもや再出火、東に燃え広がって日本橋地区は壊滅した。
類焼した町は934、大名屋敷は169、橋は170、寺は382を数えた。山王神社神田明神湯島天神、東本願寺 (台東区)、湯島聖堂も被災した。
死者は1万5000人、行方不明者は4000人を超えた。老中になったばかりの松平定信の屋敷も類焼した。

wikipedia

江戸時代後期の1848年(嘉永元年)になって薩摩藩主島津斉興の帰依を得て、その菩提寺としてようやく再建されました。

明治に入り隣接した明王院がこの寺に統合されています。

目黒駅西口を下りると急な坂行人坂があり、坂の途中に大円寺がある。この坂は江戸市中から目黒不動尊への参詣路であった。行人坂の名は、大円寺を拠点にする修験道の行者が、この坂道を往来したことによる。寺伝では、寛永元年(1624)出羽湯殿山の修験僧大海法印が大日如来を本尊として道場を開いたのが始まりという。

明和9年(1772)寺より火を発し、江戸市中628町に延焼した。振袖火事、車町火事と並ぶ江戸三大火事の一つになり、行人坂火事として安永元年と年号も改められた 幕末になって薩摩藩島津氏の菩提寺として再興された。門を入った左手にある五百羅漢の石像(都有形)は、この大火の犠牲者供養のために当時につくられたものと伝える。

境内左側釈迦堂の本尊釈迦如来立像(国重文)は、鎌倉初期の清涼寺式生身の釈迦像であり、胎内に五臓六腑がおさめられている。正面本堂には、江戸城裏鬼門にあたる為徳川家康をモデルに大黒天を祭る。山手七福神の一つで、今日でも参詣者を集めている。

阿弥陀堂には弥陀三尊が祭られお七地蔵の木彫もある。

墓地に西運の墓がある。西運は江戸初期、隣の明王院(現在の雅叙園の位置)に住し、行人坂の修築などを行った。門前にその時の行人坂敷石造道供養碑がある。西運は八百屋お七の恋人吉三の出家後の名である。

また境内に江戸時代の庚申塔が3基あり、会津八一の歌碑も残されている。

行人坂を下ると目黒川にかかる橋がある。雁歯橋とも太鼓橋とも呼ばれ、今は後者が橋の名になっている。その当時使用された石材は寺の境内に置かれている。太鼓橋の往時の景観は、広重の錦絵「名所江戸百景・目黒太鼓橋より夕日の岡」に残されている。明王院、大円寺一帯は夕日の岡といわれ、紅葉・桜の名所でもあった。

http://www.tendaitokyo.jp/jiinmei/6daienji/
大円寺の境内風景
大円寺の境内風景

宗派:天台宗
本尊:釈迦如来

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地図

東京都目黒区下目黒1丁目8−5

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