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子母澤寛の「父子鷹」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

勝小吉。本当の名を左衛門太郎惟寅。そして、隠居してからは夢酔と名乗る。幕末において異彩を放った政治家・勝海舟の父親である。

本書の主人公は父親の勝小吉。それに、勝海舟こと麟太郎よりも重要な人物たちとして、勝小吉の実兄・男谷彦四郎、その養子・男谷精一郎、隣家の岡野孫一郎らがいる。

本書に関連するものとして「おとこ鷹」「勝海舟」がある。

本書で語りたいのは、おそらく勝海舟という男の人格形成に影響を与えた人々であろう。そうすることで、後年の勝海舟という人間が理解しやすくなる。

本書を読めば分かるが、勝海舟の周りには実に多様な人物がいたのが分かる。

まずもって、父親の勝小吉。勝海舟という人物も相当に面白い人物であるが、父親の勝小吉も相当に破天荒である。

腕っ節も強く、人情にも篤く、面倒見がいい。だが、一般的に見れば、愚連隊の親分のようなところがあったようだ。だが、「曲がったことは爪のあかほども」しないおかげで、堅気の人々にも頼りにされる。

そして、男谷精一郎。後に古今の剣士といわれる男谷下総守信友のことである。勝海舟とは系図上従兄弟になる。勝海舟はこの人物に剣術を学び、さらには島田虎之助にも学んでいる。この二人は天保の三剣豪にも数えられる。あと一人は大石進か比留間与八か意見が割れているようだ。

そして、勝海舟を最初に世に送り出すことになる働きかけをした男谷彦四郎と阿茶の局。

これだけ多士済々の人物に囲まれて育っても、本人に資質がなければなんにもならない。

名の通り麒麟児だった勝麟太郎だったからこそ、こうした人物たちに囲まれることによって、その資質を伸ばし得たのも間違いない。

さて、本書で一風変わっているのが、夜鷹の記述。以下のような夜鷹もいたようだ。

「入江町の坐り夜鷹。長屋になって間口四尺五寸。その中、二尺が腰高障子になって、二尺五寸が羽目板。奥行きは蒲団を敷けば、履物を脱ぐくらいの土間があるだけ。客がなければ、蒲団をたたんで枕を並べ、障子を開けておくから、表からは手が届くように見える。そして、女が羽目板のところにたって客を呼ぶ。」

多くの時代小説では見かけない夜鷹の形態である。

最後に、本書では、勝家は微禄の「御家人」となっているが、どうやら勝家は「旗本」が正しいようである。(下記の「内容/あらすじ/ネタバレ」では本書の記述に従っている。)

御家人と旗本の区別は難しい。詳しいことは「江戸の旗本事典」の様な本に任せるが、この本を読んでもよく分からなかった。この「江戸の旗本事典」にも、勝家は旗本とある。

旗本と御家人の差は石高にあるわけではない。つまり、何石以上だから旗本だという単純な図式ではないということである。

史料がそろっておらず、研究も進んでいない以前ならともかく、現在そういう単純な図式で記述している小説があれば、作者の不勉強ということになる。

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内容/あらすじ/ネタバレ

勝小吉は樺色の肩衣をつけ、小石川後薬園裏の小普請御支配石川右近将監の下屋敷に日参していた。というのも、御番入するために必要だからであるが、五百両を用意しろという。

実父は金持ちでも、小吉は小吉、そんな大金が出来るはずもない。小吉は日参することが嫌になってしまった。

そのことを実父の男谷平蔵にいうと、今の世はそうしたものだから、我慢せいといわれる。平蔵も微禄な御家人に婿養子にいった小吉かわいさに方々に金をまいて、運動をしているのだ。

小吉は、もはや運動する気もないから、剣術の試合があると聞くと、すぐさまそれを見に行った。そこで、渡辺兵庫という剣客と知り合う。

この剣術の試合の後、実兄の男谷彦四郎に小吉は呼び出される。そして、小吉を叱責し、自分とともに信濃へ来るように言いつける。彦四郎は信濃に代官としていくのだ。

…信濃から戻ると、小吉は早々にお信と祝言をあげることになった。家内が出来れば自然と何かと違ってこようということからである。

そして、実兄の彦四郎は、伯父男谷忠之丞の長男・新太郎を養子に迎えた。新太郎は、後に誠一郎、更に精一郎という。小吉も団野道場の免許皆伝なら、精一郎の剣も相当な腕前である。

そうした中、実父・平蔵が軽い中風で倒れた。

一方で、小吉も番入りが決まりそうになっていた。だが、どうにも賄などが嫌いな小吉は乱暴をはたらき、これも水に流れてしまう。

激怒したのは実兄の彦四郎である。さんざんに苦労して運動しているのに、それを最後の最後でひっくり返してしまうからである。さらに、この乱暴をはたらいた相手が、打ち所が悪かったのか、死んでしまう。小吉は座敷牢での生活を強いられることになった。

座敷牢での生活の中、師の団野が死んだ。団野道場を男谷の二人、つまり小吉か精一郎に任せたいというのが師の意思であった。だが、小吉は自分はこういう人間であるから不適当だといい、道場を精一郎に譲った。

悲しいことがある一方で、座敷牢にいる間に子が生まれた。麟太郎と名付けられた赤ん坊は、後に勝海舟となる。そして、期を一にして小吉は座敷牢での生活と別れを告げた。

…実父・平蔵が亡くなり、小吉の家族は住まいを移すことになった。

生活は苦しい。というのも、勝の家の義祖母が借金をし、向こう五年は収入がないためである。だが、小吉はそれを笑い飛ばし、妻のお信もすっきりと諦めた。

苦しい生活ではあるが、小吉はなにかにつけ人から頼りにされる。だが、頼りにされるのは、必ずしも堅気の人ばかりとは限らない。一種の町の顔役になっている小吉の周りには有象無象の人が集まってくる。

お信はせめて麟太郎のいる前ではそうした人と会わないようにして欲しいと小吉に頼み込む。小吉もこれを承知した。

自分は番入りも出来ない禄でもない人間であるが、麟太郎にはそうなって欲しくないという小吉なりの親心が働いているのだ。

…麟太郎が叔母・阿茶の局の働きにより、家慶に会い、その五子春之丞の相手役になることになった。嬉しくもあり、寂しくもある小吉である。

麟太郎が城に行ってしまってから、少し気の抜けたような小吉であるが、小吉が家を借りている旗本の岡野孫一郎が面白いところはないかと言い出して連れていたところで、少し厄介なことに巻き込まれる。

挙げ句の果て、そこで見初めた清明という女行者と一緒になると言い出す。岡野孫一郎は千五百石の当主であり、妻もいる。とんでもないことであり、小吉も諫めるが、岡野は聞かない。小吉もそれ以上は強くいわなかった。小吉にしてみると、なんとなく岡野は憎むに憎めない相手なのである。

…春之丞がにわかに亡くなった。せっかく青雲にのったかに見えた麟太郎は、再び小吉の元に戻ってきた。これをひどく小吉は悲しんだ。だが、当の麟太郎は毅然としている。

帰ってきた麟太郎に、小吉とお信は学問をさせようと決める。だが、実兄の彦四郎が奪うようにして麟太郎を連れて行ってしまう。そう思っていると、麟太郎は彦四郎の家を飛び出してしまい、小吉の元に戻ってきてしまった。

そこで、小吉は麟太郎を、精一郎のもとで剣術を学ばせることにした。同時に、学問もはじめさせることにした。

麟太郎の生活が新しい始まりをみせた矢先、麟太郎は犬に睾丸をかまれ、瀕死の重傷を負ってしまう。

…小吉は生活の助けになるかと考え、世話役のいうとおりに商売をすることにした。日頃小吉の世話になっている連中は、小吉のためになるのならと、一生懸命に小吉を助ける。そして、それなりに商売は上手くいくのだが、なんのかんのと、結局は顔の利く小吉は用心棒のような具合に納まってしまう。

…麟太郎の剣術の修行は上手くいっているようだ。精一郎も、自分で教えるのを止め、かわりに島田虎之助に麟太郎を鍛えさせている。

そして、学問も阿蘭陀を学ばせることになった。

こうした中、小吉は岡野の家に降りかかった災難を取り除くために、奔走する羽目になる。

本書について

子母澤寛
父子鷹
講談社文庫 計約一〇八五頁
江戸時代

目次

油堀
昨日と今日
信濃
強請侍
三ぐずり
浅間のけむり
亀沢町

みろく寺
おんな
夏の月
七転

八起
木剣
天の川
亥の日講
裏だな神主
納戸の中
雪の夜
白梅
じりじり照り
喧嘩剣術
登竜
かげ富
女行者
ごろつき
こころ
横十間川(てんじんがわ)
性根
春濃く
縁台
流水
浮世
刀剣講
隠居
青雲
清境
鳶の子

裸詣
夏涼

地退ち
脂照
仮宅喧嘩
風かおる
遠雷
遊山無尽
爽秋
切見世
固唾
御用達
天の理法
新栗
慾の顔

塵芥
附懸け
宅番
羅紗羽織
知行所
山茶花
木曾路
御願塚
御紋服
御肴
白い椿
侍の最後
気合
木綿一反
他行留
雲雀
御見舞
死場所
庭作り
甲州神座山
垢離場
足懸り
青柿
新堀端
仲之町
味噌汁
我儘
町の師匠
馬方蕎麦屋
栄枯
気絶
江戸人
騒乱の世に

登場人物

勝小吉
お信
麟太郎
お順
男谷平蔵…小吉の実父
男谷彦四郎…実兄
男谷精一郎…彦四郎の養子
利平治…用人
島田虎之助
阿茶の局…叔母
岡野孫一郎
岡野主計介
岩瀬権右衛門
殿村南平
清明
弁治
五助
東間陳助
平川右金吾
玉本小新
伝次郎
渡辺兵庫
長吉
お糸
山田浅右衛門
篠田玄斎
秩父屋三九郎