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池波正太郎の「編笠十兵衛」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

池波正太郎の赤穂浪士ものの一つ。「おれの足音 大石内蔵助」や「堀部安兵衛」が赤穂浪士側から描いた作品とすると、この作品は第三者的な立場から書かれた作品といえる。どうやら池波正太郎氏は(そうとは明言していないが)吉良上野介が嫌いなようである。

吉良上野介の書き方はそれなりに辛辣である。

エピソードとして津軽家に呼ばれた時に、出されたご飯をまずくて食えたものではないわと言ったことを書いている。他家に呼ばれて、主の面前でこのようなことは発言してはまずい。たとえ、ご飯がまずいのが事実だとしても、そうは言わないのが常識である。

でないと、そのご飯を作った家来達に処罰が言い渡されるのは間違いないからである。他家の家臣をむやみに窮地に陥れるのは人として問題があるということである。

また、吉良上野介が現在でもその領地であった三河で評判が高いのを次のようにバッサリと斬り捨てている。

会社などで威張り散らしているような嫌なお偉いさんが、家に帰ると良き夫、良き父であるのは普通にある。これと一緒だという。

なるほど、説得力がある。

また、吉良上野介と浅野内匠頭の仲違いの原因が、その勅使接伴における経費の考え方にあるという点でも、吉良に厳しい見方をしているようだ。

勅使接伴には年々金がかさむようになっている。幕府としてはいったん引き締めるためにも削れるところは削れという名を浅野内匠頭らに命じている。

一方で、吉良上野介としては以前にも増して、少なくもと以前と同じ規模にしたい。意図としては、吉良の指図がなければ接伴役の大名がうかつに動けないようにしなければならない。そうしないと吉良自身の権威が薄れるのだ。

つまり、「保身のために動く吉良」という見方がされている。

こうした吉良上野介像は他の赤穂浪士ものにも見られるので、私などはすっかり「吉良上野介嫌い」になっている。

さて、本書は幕府から特別な札を所持している隠密活動をする月森十兵衛という柳生の血を引く剣客が主人公である。

この十兵衛を食客としている旗本・中根正冬は二代将軍秀忠から特別の名を受けている家である。将軍家が間違った政治を行っているのなら、それを正す役目を負っているのだ。

この二人が動くのは、将軍綱吉が誤った判断をしたからである。それは「武士の喧嘩は両成敗」という定法を将軍が自ら破ったことにある。

これを正すには、吉良上野介を赤穂浪士に討ち取ってもらい、今度こそは「武士の喧嘩は両成敗」の定法をきちんと適用してもらう必要がある。そのために月森十兵衛らが動く。

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内容/あらすじ/ネタバレ

元禄十四年二月初め。犬を斬りつけた曲者がいた。時の将軍は徳川綱吉、生類憐れみの令が出されている中での出来事だった。曲者は追われたが、その前に浅い編笠を被った浪人体の男が役人を阻んだ。曲者は編笠の浪人に黒田小太郎と名乗って礼を述べた。

半刻後、浪人は西の丸御留守居役を務める大身旗本・中根平十郎正冬のもとに見ることが出来る。浪人は月森十兵衛と名乗っていた。

十兵衛はこの日あった出来事を中根正冬に余すことなく告げた。そして中根正冬も天下の大法を犯した犬殺しを助けた十兵衛を、とがめもせず、よいことをしたのと笑っている。

十兵衛は堀内源左衛門道場で赤穂藩士の奥田孫太夫と汗を流した。このとき奥田は主の内匠頭が勅使接伴の役目を仰せつかったので、しばらく道場に来られないと残念がっていた。

その奥田孫太夫が久しぶりに道場に現われ、十兵衛と汗を流したあと、黒田小太郎という若者の奉公口を頼まれたということを話題に上らせた。十兵衛は先日犬斬りのときに名乗った若者が同じ名であることを思い出していた。

その黒田小太郎のことが気にかかっている時に、小太郎は役人に右腕を切り落とされた。その場にすぐ駆けつけ、十兵衛は黒田小太郎を自宅に匿うことにした。

この事件も十兵衛は中根正冬に告げた。中根は「中根家牢記」としたためられた書付を記している。それは二代将軍秀忠の時に中根家に下った密命のためである。密命とは一種の隠密といってよい。

そして月森十兵衛もこれに強く関わっている。十兵衛は中根家の家来ではない。いわば食客のようなものだ。十兵衛は柳生家の一員である。かの柳生十兵衛三厳の血を引いている。

奥田孫太夫はこの度の勅使接伴の役目が難儀だとこぼしていた。二十年ほど前にもこの役目を仰せつかったことがあったが、当時からはずいぶんと様子が変わっているのだ。しかもどうやら指南役の吉良上野介と浅野内匠頭長矩が上手く折り合っていないらしい。

この話の後、十兵衛が何者かに襲われた。その襲ったものが堀内源左衛門道場に乗り込んできた。舟津弥九郎と井田八郎と名乗っていた。

二人の後を付けると、米沢十五万石上杉家と縁のある長尾勘右衛門道場に入っていった。

江戸城の松の廊下にて浅野内匠頭が吉良上野介へ刃傷におよんだ。

この話は瞬く間に広まった。そしてこれをひどく喜ぶ浪人がいた。山口半蔵という。吉良が殺されたと思って喜んでいるのだ。

だが、吉良上野介の命には別状がなかった。一方で浅野内匠頭にはその日に切腹の命が下った。

ここに武士の喧嘩は両成敗の定法を将軍自ら破ってしまったことになる。このことを苦々しく思っていたのが中根正冬であった。将軍家に落ち度があるときはこれを正す。中根正冬と月森十兵衛は死を覚悟してことに当たる決意を固めた。

十兵衛と中根正冬は「御意簡牘」と呼ばれる札を所持している。小さな桜板へ、銀に葵の紋所を彫ったものがはめ込んであるだけだが、江戸城大手門ですら名乗らずに出入りが許される。これを使っての調査が始まる。

堀内源左衛門道場に十兵衛が出ると、吉良上野介の家来・清水一学が門人達に責められていた。この場を収めたものの、清水一学は道場に来るのが難しい状況に追い込まれた。

それほどに世間の吉良家に対する風当たりは強くなっていた。幕府もそれまでの態度を変え、吉良上野介に冷たくするようになってきた。まずは役目を辞させた。

十兵衛は度々何者かに狙われるようになっていた。それは吉良家を長尾勘右衛門道場の者が守るようになってからだ。そのことを知った十兵衛を闇に葬ろうとしている者がいるようだ。恐らくそれは堀内源左衛門道場に道場破りに来た舟津弥九郎らであろう。

こうした中、幕府は吉良上野介に屋敷替えを命じた。呉服橋御門内から本所へ移れというものであった。

吉良上野介の隠居願いが幕府から許された。あとは実子が藩主を務める米沢十五万石上杉家に引き取ってもらうだけである。

だが、ここで中根正冬は将軍綱吉からそれはしないという言質を得ていた。その間に吉良を討ってもらわないと困る。

一方で赤穂浪士たちは一刻も早く吉良屋敷の見取り図を作りたいと焦っていた。十兵衛はある方策でそれを手に入れようと考えていた。

本書について

池波正太郎
編笠十兵衛
新潮文庫 計約九一五頁
江戸時代

目次

犬斬り小太郎
母の遺書
浅野内匠頭
怒りの半蔵
三人の旗本
吉良の家来
毒殺
刺客
糸瓜の長さま
熱血
みだれ内蔵助
脱落の人
密告
備後守下屋敷
西瓜の新八
潜行
浅野大学処分
切迫
襲撃の夜
幽鬼の剣
変心
生首の夢
江戸入り
師走
市ヶ谷八幡
誘拐
十二月十四日

芝・赤羽根橋

登場人物

月森十兵衛
静江…妻
千代…娘
伊介
中根平十郎正冬…西の丸御留守居役、旗本
松浦達之助…中根家家来
黒田小太郎
牧野備後守成貞…元側用人
堀内源左衛門
奥田孫太夫…赤穂藩士
大石内蔵助…赤穂藩国家老
浅野内匠頭長矩…赤穂藩主
奥村忠右衛門
山口半蔵…浪人
永井肇
吉良上野介…高家
清水一学
笠原長右衛門
山吉新八
舟津弥九郎
井田八郎
長尾勘右衛門…中条流の剣客
山城屋一学

忠臣蔵・赤穂浪士もの

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