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山本一力の「銭売り賽蔵」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

あくどい高利貸しの話ではない。文字通り「銭売り」の話。そもそも銭(ぜに)は一種の商品として売られていた。

金座・銀座が公儀の管轄にあるのに対して、銭を扱う銭座は公儀に願い出て官許された町人が運営した。つまり銭座とは、銭という品物を造り、それを商う商人と同じだった。

銭座は銭を鋳造して売るのだが、実際に売るのは銭座から銭を買う両替商や町の銭売りたちである。主人公の賽蔵はこの銭売りである。

銭売りは両替商と違って、より庶民に身近な存在である。庶民は金貨や銀貨を使うよりも普段は銭を使う。銭は庶民を象徴する貨幣である。

そして、幕府の貨幣政策において庶民の目線に一番近い所にいる存在が町の銭売りたちなのである。

銭は束になって売られる。緡(さし)という。百文緡とは縄に銭を通したもので、名は百文だが実際は九十六文で縛られている。これが百文で通用した。差額の四文は銭座の鋳造工賃というのが建前だったという。

この緡を背負って担ぎ歩くのが町の銭売りたちである。賽蔵もそうした銭売りである。

賽蔵は孤児である。台風によって洪水が起き、賽蔵は母親に盥の船に乗せられて銭売りの由蔵に拾われる。だから賽蔵は両親の顔も知らず、本当の自分の名も知らない。賽蔵は由蔵に鍛えられ、深川で銭売りとなった。

本作は金座の後藤家が亀戸村に大規模な銭座を開くという所から始まる。銭座は一種の商人である。だから、深川の銭座にとっては脅威となる話である。金座の後ろには幕府の思惑も絡んでいる。

同時に初めての計数銀貨となる五匁銀貨の通用話も持ちあがる。こちらはもちろん幕府の思惑が絡んでいる。

そもそも銀は貨幣の重さがそのまま値打ちとなる秤量貨幣である。そのため秤で重さを量って値打ちを確かめた。計数銀貨だと秤で重さを量る必要がなくなり、銀貨に刻まれた金額と同様の価値を有するというのが建前となる。

だが、実際にはその銀貨が額面に相当する価値を持たない、つまり少ない銀含有量である場合、銀を減らした分だけ幕府に差益がもたらされるということになる。

この小説では、二重の意味で貨幣政策の混乱が想定される時期を描いているのだ。実際、江戸時代には幾度となく幕府は貨幣の改鋳を行い、経済を混乱させてきている。

幕府が貨幣の改鋳を行うのは、金蔵に金がなくなったため金が必要となったという事情があるからなのだが、貨幣の改鋳とは、つまりは悪貨を作ることであり、悪貨を作ることによって出目(差益)を生み出して幕府の金蔵を一時的に潤したにすぎない。

さて、この様に厳しい状況になるのが予想される政策が打ち出された中で、賽蔵たちは深川銭座を守り、深川に住む人間の生活を守るために、銭売りとしてできることを全力で行う。

賽蔵には十一人の仲間がおり、おけいという思い人がおり、銭座の中西五郎兵衛や賽蔵の後見人的な汐見橋の英伍郎がいる。

そして、銭売りの商売を続ける中で知り合う、棟梁の甚五郎や水売りの元締・芳太郎、漁師の繁造、弁当屋の誠太郎、本両替の三井次郎右衛門らが賽蔵を表から裏から支えてくれる。

ただ、あまりにも順風満帆に物語が進んでいってしまうのが、なんとも…、

内容/あらすじ/ネタバレ

明和二年(一七六五)五月十七日。今年は賽蔵にとって後厄であった。背丈は五尺四寸(約一六四センチ)、目方は十二貫(約四十五キロ)しかないが、柔取の稽古を三日おきにつけてもらっている。賽蔵は裏店に住んでいる。徳右衛門店だ。

この日の朝、賽蔵は銭座である話を聞かされた。金座の後藤が亀戸村に桁違いの銭座を開こうとしているというものだ。銭座請け人の一人、二代目中西五郎兵衛がそういった。

賽蔵の生業は銭売りである。金貨や丁銀などの銀貨を、町民が普段使う文銭に両替するのが銭売りである。この年、金銀相場は落ち着いていたが、銭相場がじりじりと高くなっていた。素材の銅不足だ。

賽蔵が銭売り修行をはじめた享保十八年の様子と似てきた…。

九月を目処に公儀は五匁銀の通用をすすめている。また銅が足りなくなってきているため、鉄銭の鋳造をもくらんでいる。

五匁銀は今までにない計数銀貨である。銀は貨幣の重さがそのまま値打ちとなる秤量貨幣である。そのため秤で重さを量って値打ちを確かめた。計数銀貨だと秤で重さを量る必要がなくなる。

賽蔵は中西の指図で米問屋の野島屋大三郎をおとずれた。野島屋は銭卸の鑑札を譲って欲しいという。銭売り仲間もろともということだ。賽蔵はこれを断った。

野島屋はこの時の様子を中西に報告した。大した男だと感想を洩らした。

幼馴染みで「こしき」の女将・おけいが賽蔵にいった。佐賀町河岸が延び、その影響で「こしき」を売れと佐賀町の周旋屋が言ってきているという。

中西には不安があった。深川銭座の行く末を両替商ではなく、町場の銭売りに預けて大丈夫なのか…。亀戸の新しい銭座は公儀も後押しをしている。

一方で賽蔵は中西が賽蔵に銭売りをやめさせ違っていると勘違いをしている。だが、この誤解はすぐに解けた。

賽蔵は銭売り仲間十一人を「こしき」に集めた。相生橋の隆三、蓬莱橋の時十、黒船橋の登六、汐見橋の予吉、平野橋の源一、江島橋の光太郎、崎川橋の左右吉、永居橋の隆助、鶴歩橋の圭助、亀久橋の潮、富岡橋の佐吉である。

ここで賽蔵は噂になっていた鉄銭が九月ではなく七月一日から売られることになったと言った。

「こしき」を狙っているのは周旋屋の岡田屋鉢衣文だった。御上が本気で河岸の護岸作事を考えているのを知って強気に土地を買い集めている。裏では奉行所の同心につながっているようだ。

賽蔵は汐見橋の英伍郎と平野町の甲乃助の前で、おけいが店を続けたいというのなら、知恵を絞って岡田屋とやり合うと告げた。これを聞き、平野町の甲乃助は騙り屋の丁助を賽蔵に引き合わせた。

丁助は岡田屋に対してある事を仕掛けようとしていた…。

九月五日。初めての計数銀貨「明和五匁銀」の通用が始まった。ほぼ同時に御上から五匁銀を売りさばけと深川銭座にきつい達しが来たという。

賽蔵は繁造という白魚漁師と知り合った。繁造は五匁銀を売ってくれという。自分たちは公儀のおかげで食えている。公儀が五匁銀で困っているのなら、それを助けるのが筋だという。この話はまわって三井両替商の当主・次郎左衛門の耳にも届いた。

賽蔵の銭売り仲間たちは賽蔵が五匁銀ばかりを売っているのを心配していた。

賽蔵は銭売りの商売を広げるため、水売りの元締・芳太郎を訪ねた。芳太郎は日本橋の本両替に顔を利かせてくれたら賽蔵の申し出を受けると言った。賽蔵は意を決して三井両替商をくぐった…。

亀戸の銭座は深川の銭座と真っ向から張り合う気になっていた。この亀戸の銭座が考えた売り方で、賽蔵の得意先が次々に亀戸の方へと乗り換えはじめた。三井次郎右衛門が両替商を賽蔵のまかせてみようと考えていた矢先のことで、賽蔵にとって苦しい時期がやってきていた。

深川で火事が起きた。

亀戸の銭売りの大攻勢と、火の粉を飛ばす深川の火事は、賽蔵にとって悪いツキが続いたようなものだった。賽蔵は縁起直しをしないといけないと考えた。そして、おけいと所帯を持つ決意を固めた。

本書について

山本一力
銭売り賽蔵
集英社文庫 約四六〇頁

目次

銭売り賽蔵

登場人物

賽蔵
おけい…小料理屋「こしき」の女将
蓬莱橋の時十…賽蔵の銭売り仲間
汐見橋の予吉…賽蔵の銭売り仲間
平野橋の源一…賽蔵の銭売り仲間
永居橋の隆助…賽蔵の銭売り仲間
相生橋の隆三…賽蔵の銭売り仲間
黒船橋の登六…賽蔵の銭売り仲間
江島橋の光太郎…賽蔵の銭売り仲間
崎川橋の左右吉…賽蔵の銭売り仲間
鶴歩橋の圭助…賽蔵の銭売り仲間
亀久橋の潮…賽蔵の銭売り仲間
富岡橋の佐吉…賽蔵の銭売り仲間
中西五郎兵衛…二代目、銭座請け人の一人
橋本市兵衛…銭座請け人の一人
千田庄兵衛…銭座請け人の一人
汐見橋の英伍郎…深川大和町の鳶の頭
平野町の甲乃助
騙り屋の丁助
遠州屋太吉
野島屋大三郎…米問屋
甚五郎…棟梁
幸吉…大工
芳太郎…水売りの元締
源太郎…芳太郎の倅
宣吉…水売り
繁造…漁師
誠太郎…弁当屋
徳三
吉田屋菊三郎…くず鉄買い
三井次郎右衛門…三井両替商当主
利左衛門…元締
清太郎
岡田屋鉢衣文…佐賀町の周旋屋
長三郎…頭取番頭
大島正之助…金座からの役人
山本三郎右衛門…亀戸銭座請け人の一人
樋口吉兵衛…亀戸銭座請け人の一人
弁才天の浜吉