覚書/感想/コメント
シリーズ第七弾。
驚くべき展開だ。題名のとおり、上海に座光寺藤之助と高島玲奈が上陸する。いつかは海外へ行くことになるのだろうと予想していたが、こんなに早く海外へ飛び立ってしまうなんて…。
今回、二人には使命がある。上海で行方を絶った岩城和次郎と石橋継種を捜しだし、生きていれば長崎へ戻せというものだった。
もっとも、藤之助はこうした使命が与えられるということを知らずにいたために、上海に行くまでにとんでもない目に遭ってしまうのだが。
玲奈には、もうすこし藤之助のことを考えて行動してもらいたい。あまりにも振り回しすぎで、藤之助が気の毒になってしまう。
今回登場するのにジャーディン・マセソン商会がある。一七八二年に中国の広州に設立された貿易会社である。一八三二年に組織を大きく改められ、東インド会社の船医だったウィリアム・ジャーディンと貿易業者のジェームス・マセソンの代表者の名を取ってジャーディン・マセソン商会になる。
中国語名は「怡和洋行」。一八四三年に香港が開港するのと当時に上海支店を設けた。設立当初の主な業務は、アヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出で、アヘン戦争に深く関わっているといわれる。
現在でも、アジアを基盤とした貿易商社として影響力を持っている。
上海にやってきた座光寺藤之助と高島玲奈だが、すんなりとは長崎へは戻りそうにない。本書を読めばわかるが、次の行く先はおそらく寧波だ。
ということで、次作の題名は「寧波」で決まりでしょ。
さて、このシリーズがどの時点まで続くのかの大まかな見通しが着きそうだ。というのは、玲奈が座光寺藤之助には幕府崩壊を見届ける役目がある、といっているので、少なくともシリーズはここまで続くことになる。まぁ、これはほぼ想定内ではあったが。
となると、一八六七年の大政奉還か、翌年の江戸城無血開城までは最低限あるということであり、本作が一八五六年の安政三年であるから、あと十数年は物語が続くことになる。ちなみに、シリーズが始まってから本作まで一年数ヶ月しか経っていない。
内容/あらすじ/ネタバレ
師走の長崎では長崎海軍伝習の訓練生が実戦さながらの砲撃訓練をしていた。
座光寺藤之助を江戸町惣町乙名椚田太郎次の奉公人・魚心が釣りに誘った。このところ、大目付宗門御改の大久保純友の手下が行動を見張っている。
魚心につれられていった先に高島玲奈が待っていた。玲奈に誘われ小帆艇レイナ号に乗った。玲奈は海軍伝習所の日程などを熟知した上でどこかへ連れて行こうとしていた。目的地は海上四十八里先だという。
そこには阿蘭陀の小型砲艦グーダム号ともう一隻が停泊していた。場所は五島列島椛島の東の入江である。もう一隻は東インド会社に所属するライスケン号だった。ここに出島で剣を交えたバッテン卿がいた。
五島藩の福江城下には藩校の育英館ある。家禄世襲の士族といえども、武芸一流の免許を取得できないものは家禄が減石されるという厳しい決まりがあった。
福江湊に行くと、幕府御用船の江戸丸が停泊していた。そこには老中首座・堀田正睦の年寄目付・陣内嘉右衛門達忠がいた。久しぶりの再会であった。
藤之助は玲奈の用事が終わるまでの間、福江城内の演武場で汗を流した。
藤次郎らは長崎に戻ることになった。玲奈はトーマス・グラバーとの交渉をしていたのだった。
無断外泊を四日もしていたため、海軍伝習所では大騒ぎとなっていた。そして帰るなりすぐさま大目付宗門御改の大久保純友が藤之助を捕まえ拷問にかけた。
これを救い出しに来たのは、長崎奉行・荒尾石見守成充、長崎伝習所初代総監・永井玄蕃頭尚志であったが、大久保の宗門御改によって捕まえたというのに黙するしかなかった。そこに助け船を出したのが陣内嘉右衛門だった。
救われた藤之助には、伝習所剣術教授方の職務をないがしろにしたということで、二月の座敷牢押込めが命ぜられた。
藤之助が気が付いた時にはライスケン号に乗せられていた。玲奈が側におり、これから清国上海に向かうという。
五島への船旅などはこのための布石だったのだ。だが、予期せぬことが重なり、大久保一味にとらわれてしまう。今回のことは長崎奉行・荒尾石見守成充も長崎伝習所初代総監・永井玄蕃頭尚志も承知だという。
話は二年前にさかのぼる。当時の長崎奉行と長崎会所が会合を重ね、長崎から二人の人物を派遣した。軍艦や大砲の調達の下見のためである。
長崎奉行所産物方の岩城和次郎と阿蘭陀通詞方の石橋継種がその二人であった。どうにか上海出店の軌道が乗り、買い付けを始める段階になったのだが、その直後に連絡が途絶えた。
二人の失踪の事情を探り、生きているなら長崎につれて戻るのが今回の役目である。期間は、藤之助が座敷牢押込めになっている期間の二月以内である。実質は一月ほどであろうか。
一八四〇年に阿片密輸に絡んでイギリスと清国の間で衝突が起きた。この阿片戦争に敗れた清国は上海を開港させられる。
一八五六年の安政三年。小刀会事件が一応の終息を見せてから二年経たないうちに、座光寺藤之助と高島玲奈は上海に上陸した。
二人の上海での拠点はインペリアル・ホテルになる。ホテルの化粧室の鏡には赤い文字が浮かんでいた。
岩城和次郎にはいい評判と悪い評判があり、田宮流抜刀術と手裏剣の名手である。石橋継種は語学の天才であるが、剣はからっきしだ。二人は小判にして二千両を持参してきているという。
藤之助と玲奈の二人は岩城と石橋のつくった和国東方交易を訪ね、現地支配人の葛里布に会った。岩城と石橋の二人は和国東方交易の建物から拘引されて姿を消したようだ。
姿を消す前、武器商人マードック・ブレダンとの交渉が行われていた。当初、東インド会社の世話でジャーディン・マセソン商会との取引話をしていたのだが、岩城と石橋の間で仲違いが起きた。それは交渉先変更をめぐる対立だった。
岩城の住んでいた部屋には無数の銃弾の跡があった。それは岩城と石橋が撃ち合いに及んだことを推測させるものだった。
藤之助と玲奈は小僧の李寛を借り、上海をめぐった。今回の件は疑問点が多い。石橋が我をなくしたところで、同胞を殺すことがあるだろうか?
それに岩城がいくら傑物とはいえ、一幕臣であり、交渉先の変更を独断で行えたのか?
そして、二人が撃ち合ったにしては派手すぎる銃痕は何を意味するのか?藤之助にとってさらに不思議だったのは、石橋の部屋に残されていた大小である。あれは岩城の大小に間違いない。だが、なぜあれが石橋の部屋にあったのか?
岩城と石橋が上海に来た時に泊まっていた旅籠を訪ねることにした。そこは上海県城にあった。
そこで丁絽老人から聞いたのは、ブレダンが黒蛇頭の老陳とつながり、さらには小刀会ともつながっているということだった。岩城はこうした連中とつながっていたというのか。老陳の側にはおらんがいるはずだった。
ブレダンが接触してきたが、その後の連絡がない。そこで藤之助は小僧の李寛を連れ、丁絽老人の旅籠を見張ることにした。三日後、怪しい影が出てきた。
それをつけると、武器と阿片の取引の現場に遭遇する。そこにはおらんがいた。結局、藤之助は捕まえることもできずに戻ることになる。
ブレダンがある条件と引き換えに岩城と石橋の間に起きた真相を話すという。ブレダンは生き残ったのは岩城和次郎だといった。そして、真相をいったのだから、商売の協力を求めてきた。だが、藤之助は真実をつかんだ。その真実とは…。
本書について
佐伯泰英
上海 交代寄合伊那衆異聞7
講談社文庫 約三二〇頁
江戸時代
目次
第一章 椛島沖の砲艦
第二章 万願寺幽閉
第三章 龍の頭
第四章 租界と城内
第五章 上海の雨
登場人物
座光寺藤之助為清
高島玲奈
魚心…江戸町惣町乙名椚田太郎次の奉公人
勝麟太郎
一柳聖次郎
酒井栄五郎
能勢隈之助
永井玄蕃頭尚志…長崎伝習所初代総監
荒尾石見守成充…長崎奉行
光村作太郎…長崎目付
三好彦馬…外科医
黄武尊…長崎・唐人屋敷の筆頭差配
陣内嘉右衛門達忠…老中首座・堀田正睦の年寄目付
滝口治平…主船頭
桜井海太郎重忠…五島藩の育英館の剣術指南
トーマス・グラバー…武器商人
大久保純友…大目付宗門御改
佐城の利吉…密偵
バッテン卿…オランダ貴族
岩城和次郎…長崎奉行所産物方
石橋継種…阿蘭陀通詞方
葛里布…和国東方交易の現地支配人
李寛…小僧
スチュアート・マッカトニー…ジャーディン・マセソン商会の上海支配人
リンゼイ・ケンプ…出島で商務官を務めた
劉宗全…薙刀の名手
丁絽…旅籠の主人
マードック・ブレダン…武器商人
おらん(瀬紫)…元遊女
老陳…黒蛇頭の頭目