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司馬遼太郎の「街道をゆく 北海道の諸道」第15巻を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

松前氏は根拠地を福山(松前町)におき、明治維新までこの土地から離れなかった。港湾の条件もさほどにいい土地ではない。アイヌの襲撃が恐ろしかったためではないかと司馬氏は推測している。

天正十八年、松前(当時は蛎崎)慶広が津軽海峡を渡り、前田利家に会いに来る。そのまま聚楽第で秀吉に謁見した。

文禄二年には肥前名護屋におり、徳川家康に道服を献じている。蝦夷錦だったようだ。蝦夷錦は中国の江南の蘇州などでつくられ、北へ運ばれ、おそらくはサハリンを経由し、アイヌの手を介して伝わったものと考えられるそうだ。意外なルートがあったのだ。

日本の数寄屋建築は高温多湿の夏をしのぐためのものであり、冬向きのものではない。だが、これを北海道までもちこんだ。司馬氏は、すごい文化だと、いっている。おそらく感嘆と呆れが入り交じったものであろう。

高田屋嘉兵衛。十八世紀末から十九世紀初めにかけて蝦夷地本島、千島で活動した船乗り、商人、漁業開拓者、民間外交者であったという。

ロシアの南下にともない、日本人に対する暴行事件が相次ぎ、こうした中で高田屋嘉兵衛は歴史の中に登場する。というより、巻き込まれる。

蝦夷地は河内の棉作の盛行により活況を呈する。棉が多くの「蝶」をつけるにはすさまじい肥料を投入しなければならない。はじめは干鰯が投入されたが、おいつかず、鰊が用いられるようになった。その鰊がすべて蝦夷地から運ばれてくる。

盛況だった頃は、松前城下の三人の家老の屋敷は、江戸で言えば諸侯の館のようであったといい、家老でもない家でも一万石の館ほどはあったという。

江差の港には軍艦が沈んでいる。「開陽」丸である。慶応二年(一八六六年)にオランダで誕生した。

当時すでに鉄製艦があったのだが、幕府は木造艦を望んで作らせたのが開陽丸である。これはオランダ側でも疑問に思っていたらしい。この後、幕府はアメリカに鉄製艦を注文している。明治政府の資産となる「甲鉄艦」である。

開陽丸は、スクリュー・プロベラで推進するという、当時では画期的な装置がついている。艦砲としても、ドイツのクルップ会社の砲が積まれていた。

この開陽丸をオランダの海軍軍人の指導を受けつつ横浜に持ち帰ってきたのが、榎本武揚らだった。当時まだ幕府は政権を返上していない。

開陽丸に掲揚されている国旗は、徳川国家の国旗である日の丸の旗だった。日の丸は幕府が総船印として制定したもので、いつの間にか外国人もこれを日本の国旗として認識するようになったようだ。

これをいつ明治政府が継承したのかはよくわからないそうだ。戊辰戦争での新政府軍の旗は菊花紋だった。

慶応三年(一八六七)、国内的な緊張が高まっていた時。徳川慶喜は大坂城におり、京の薩長と向かい合っていた。大坂の旧幕府軍が五万、京都側は五千。さらに大坂湾には開陽丸以下四隻がある。幕府側が負けるはずがなかった。

だが、と司馬遼太郎氏は言う。日本の変動期は奇妙なもので、源平決戦や関ヶ原のように、旧時代を背負う勢力が兵力も多く、地の利も有利であるのに、あたらしい時代を背負う兵力寡少の側に負けてきた。

面白いのは、横浜あたりの外国人の目から見れば、新政府に対する信用はなかったようだ。発行されている外字紙で新政府びいきのものはなく、徳川方がいずれ政権を回復するという観測をもつもののあったそうだ。

考えてみれば当然で、軍事面では幕府の方が有利である。開陽丸を例にすると、開陽丸は二五九〇トン、四〇〇馬力、一方で薩摩と並ぶ海軍の主戦力だった佐賀藩の孟春丸は一一七トン、一二〇馬力。大人と子供以上の差があった。

この開陽丸への絶対的な信奉が榎本武揚をして北海道に向かわせたのだろう。だが、この開陽丸を江差沖で沈めてしまう。嵐にやられてのことであった。どうも、榎本武揚はすぐれた航海者ではなかったようだ。

北海道は九州の二倍ある。スイスとデンマークをあわせたよりやや小さいそうだ。

明治初年から北海道は開拓使庁が指導した。次官・黒田清隆がケプロンに頼んだ計画を推進させようとするが、実施わずか一年で基本方針を変更してしまう。さらに、西南ノ役で、新政府の財力が底をついてしまう。

北海道の名だが、幕府のお雇いだった松浦武四郎が明治政府の諮問に答えてつけられた。アイヌが自らの国を「加伊」と呼んでいたところから、北加伊道となり、北海道となったようだ。

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本書について

司馬遼太郎
街道をゆく15
北海道の諸道
朝日文庫
約二七〇頁

目次

北海道の諸道
 函館
 道南の風雲
 寒冷と文化
 高田屋嘉兵衛
 函館ハリストス正教会
 松前氏の成立
 蝦夷錦
 松前の孟宗竹
 最後の城
 レモン色の町
 開陽丸
 政治の海
 開陽丸の航跡
 江差の風浪
 海岸の作業場
 札幌へ
 居住と暖房
 札幌
 厚田村へ
 崖と入江
 集治監
 新十津川村
 奴隷
 屯田兵屋
 関寛斎のこと
 可憐な町