覚書/感想/コメント
「沈黙の王」は文字以前の時代、商のお話し。「地中の火」は夏王朝初期。「妖異記」「豊穣の門」は周末期の混乱。「鳳凰の冠」は夏妃の子、孫の代に関わる物語
内容/あらすじ/ネタバレ
沈黙の王
商(殷)王朝、二十一代目の王・小乙は苦渋の決断を下した。
嗣子とした王子・丁(子昭)は神意を聴いても、群臣に伝えることができないため、祖霊が大いに怒った。
不幸なことに、子昭には生まれつき言語障害があった。
小乙の夢に出た先王は子昭の病が治れば帰還を許そうといってくれた。
それゆえ、会場の群臣に、この追放が永久のものでないことを認識させたかった。
小乙は子昭に言った。
どこかに甘盤と呼ばれる賢者がいる。かれに就いて正しい言葉を学ぶがよい。
子昭の目に希望の灯りがともった。
甘盤について学べば、人と同じようにたやすく喋ることができそうであり、それほど遠くないところにいるとわかったからである。
旅の途中、代々女が首長らしい一族に出会った。好と呼ばれる族であるらしい。
そして、ようやく出会った甘盤。
初対面で、子昭は、この人は私の真の師ではないと思った。
そして、三年を過ぎ、邑から姿を消した。
東南に向かった。
開祖、湯王が祀られているところへ向かっていった。
その湯王が夢に出た。
汝の苦しみは救ってやれぬ。高祖が祭事をした都を目指せ。疑ってはならぬ。
その言葉を信じ、子昭は歩き出した。
だが、途中、奴隷狩りの兵に捕まってしまう。
説(えつ)という男が同じように捕まった。
驚いたことに、子昭が一言も発しないのに、彼は子昭の内心の声が聞こえたかのように答えるのだ。
傅説(ふえつ)と呼ばれる若者を得て、子昭は言葉を得たのだ。
甘盤の使いがきた。
王が危篤だという。
子昭は都に戻った。だが、小乙はすでに死去していた。
即位すると同時に、三年間の服喪に入った。
商王となった子昭は「武丁」と書かれることが多い。
武丁が口を開き、「象を森羅万象から抽き出せ」
こうして中国ではじめて文字が創造された。
そして、武丁の時代、商王朝として最大版図を有した。
地中の火
后羿は気づいていなかったが、当時の中国大陸の族の中で、后羿の族は十指に入る大族になっていた。
后羿は男を見て、まるで猿だな、と思った。
男は寒浞という。
寒浞に言わせれば、夏王の族でさえ、后羿の弓矢を防ぐすべを知らないはずだという。
后羿にとって月日がたつにつれ、天下制覇が現実味を帯びてきた。
寒浞のいう天下取りのための第一戦が始まっていた。
半ば天下を掌握した后羿は、自分の族の傷が深いこともあり、動きを止めた。
寒浞は為政においても外交においても天才であった。
そんな男が謀計を立てた。
后羿が死んだ。
夏王朝は五代で滅んだ。
そして寒浞の王朝ができた。
史書にはほとんど明記されない王朝である。四十年続いた。
が、滅んだ。
妖異記
大地震があった。
周王朝は滅びようとしている。陽の気が陰の気にふさがれている。
周の幽王二年(紀元前780)。
太史の伯陽は十年以内に滅びると明言した。
太史とは王事の記録を行う者であり、占いにも長じていた。
幽王には正妃がいる。申后と呼ばれ、男児を出産した。宜臼という。
申后の父を申侯という。
幽王が褒姒を侍らせた。
その褒姒を伯陽がはじめてみたとき、陰気な美妾だなと思った。
褒姒が虢公を推した。
その声を聴いて伯陽は背筋が寒くなった。
見かけは陰気なのに、声はどう考えても陽気である。陽の気が陰の気にふさがれている。大地震のときと同じだ。
虢の家は周王室のわかれといわれる。
この虢公を幽王は卿士に任じた。
虢公は考えた。
褒姒のために何をすればいいか。考えるまでもない。褒姒が産んだ伯服を太子にして、褒姒を正后にすればいい。
友はふつう鄭公と呼ばれている。
いま玉座の周りがどうなっているのか伯陽に訊いてみようとおもっている。
伯陽は「訓語」の巻数が多すぎることに気がついた。
そして伯陽が発見したのは、褒姒に関する信じがたい物語だった。
伝説が正しければ、褒姒は竜の泡であり、黒いトカゲに化することができ、千三百年ほど経た霊魂ということになる。
申との戦いになった。
幽王は諸侯を集めるために狼煙を上げさせた。
参集した諸侯は戦したくでやってきたが、申軍の侵攻はない。
それを見て褒姒が笑った。
褒姒の体内にこもっている陽の気が爆発したのだ。
周王朝は終わる。伯陽は感じて、目をつむった。
豊穣の門
遅い。
掘突の父・友は鄭国の君主である。
父からの急使を受けてからすでに6日がたっている。
何か起きたに違いない。
鄭公に万が一があったときにそなえ、関其思は2通りの対処の仕方を伝令するように命じられていた。
今から申へいく。
掘突はそう言って出立した。
そして、いきなり幽閉された。
近くの牢には褒姒が幽閉されていた。
幽閉がとかれ、掘突は申侯と対面した。
そのとき、掘突は申侯に娘をほしいといった。申侯は突っぱねた。
なら、大国の主になったら、よいということになり、10年後にこの約束が果たされる。
鳳凰の冠
叔向が見たのは冠だった。鮮やかな彩を備えているものだった。
叔向は貴族の一人である。公室の支流である。
叔向は母に其の聡明を愛でられ、大いに期待されて育った。
母の期待を裏切らず、大学においても抜群の賢哲をしめした。
一人の女を叔向の目がとらえた。
まさに玉人である。
叔向は34になるが妻帯をしていない。40になって妻を娶ればいいと思っている。
夏姫の娘だった。
叔向は悼公に召され、彪の守り役となった。
初めて太子の彪を見たとき、これは弱い、と痛切に感じた。
心気に張りがない。
太子の心気を鍛えなおさなければならない。叔向は厳格な教育者になった。
悼公が死に、彪が即位した。
叔向は正式に太傅に任ぜられた。
そして、夏姫の娘を娶ることになった。
この結婚は宿命というべきかも知れない。
賢婦といっていいだろう。
叔向はかねて自分が望んできた妻を得たことを実感した。
本書について
宮城谷昌光
沈黙の王
文春文庫 約三一〇頁
目次
沈黙の王
地中の火
妖異記
豊穣の門
鳳凰の冠
登場人物
沈黙の王
子昭
傅説
小乙…父
甘盤
地中の火
后羿
寒浞
純狐
妖異記
伯陽
幽王
褒姒
虢公
友(鄭公)
豊穣の門
掘突
関其思
鳳凰の冠
叔向