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荏柄天神社の参詣記-歴史と見どころ紹介(神奈川県鎌倉市)日本三天神のひとつ[国の史跡]

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荏柄天神社の本殿

鎌倉観光の起点となる鶴岡八幡宮の東側を出て徒歩5分ほどで着きます。

鎌倉宮や瑞泉寺、永福寺跡などと一緒に巡るのがオススメです。

車を停めるところはありません。鎌倉観光は徒歩もしくは(電動)自転車での移動が良いです。

この日のルートは、鎌倉駅から見て北東。イメージとしては鶴岡八幡宮の右上方面を散策しました。

鶴岡八幡宮 ⇒ 源頼朝墓と白旗神社 ⇒ 大江広元墓・毛利季光墓・島津忠久墓 ⇒ 荏柄天神社 ⇒ 鎌倉宮(大塔宮) ⇒ 永福寺跡 ⇒ 瑞泉寺 ⇒ 護良親王墓所

https://www.tenjinsha.com/
宿泊旅行なら旅行サイトを利用するのが良いと思います。下記をご参考になさってください。
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日本三天神

荏柄天神社(えがらてんじんしゃ)。鎌倉の二階堂にある菅原道真を祀る神社です。

日本三天神の一つとされます。

  1. 太宰府天満宮
  2. 北野天満宮
  3. 荏柄天神社 本社

瑞泉寺への道すがら通りがかったので立ち寄りました。

それにしても変わった木が出迎えてくれたものです。

荏柄天神社入り口の交差する木

一の鳥居は金沢街道沿いにありますので、この変わった木から離れたところにあります。

本来、横から入るのではなく、金沢街道から一の鳥居をくぐって、参道を通ってくるのが正しいようです。

おそらく、鶴岡八幡宮を参拝した後、太鼓橋まで戻り、金沢街道から荏柄天神社に向かうのが正しい道順なのでしょう。

ですが、ほとんどの方は、鶴岡八幡宮の横の鳥居からくると思いますので、必然とこの木のところにたどり着いて入る格好になりそうです。

一の鳥居
荏柄天神社の階段
荏柄天神社の神輿庫
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鎌倉観光に便利なパンフレットを掲出。ダウンロードできるので、鎌倉観光に持っていってください。
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荏柄天神社の歴史

平安時代の長治元年(1104年)に創建されました。

鎌倉時代初期、鎌倉幕府開府にあたり、鬼門の方向の守護社として社殿を源頼朝が造営したといわれます。

国指定の史跡になっています。

鎌倉幕府成立時期については、テーマ:平安時代末期から鎌倉時代初期(幕府成立前夜)でまとめています。

祭神:菅原道真

長治元年(1104年)晴天の空が突如暗くなり、雷雨とともに黒い束帯姿の天神画像が天降り、神験をおそれた里人等が社殿を建ててその画像を納め祀った縁起に始まります。関東を中心に各地に分社をもち、福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮と共に三古天神社と称される古来の名社です。

古くは荏柄山天満宮とも称されました。荏柄の社号は、天平7年(735年)の『相模国封戸租交易帳』などに見える「荏草郷」の”えがや”が後に転じて”えがら”となり、「荏柄」と表記されたものと考えられています。

治承4年(1180年)鎌倉大蔵の地に幕府を開いた源頼朝公は幕府の鬼門に位置する当社を崇敬し、更めて社殿を造立されました。以後、歴代の将軍家を始め、鎌倉幕府の尊社として篤く崇敬され、「吾妻鏡」には二代将軍頼家が大江広元を奉幣使として菅公300年忌を盛大に執行された事など、社名がしばしば記されております。

この様に中世より特に崇敬された当社は、足利、北条、豊臣、徳川の各氏によっても守られ、さまざまな寄進を受けて近世にいたりました。現在では学問の神、正直者、努力を重ねるものを助ける神として年間多くの方々が参拝され、社殿はいつも「祈願」「お礼」の絵馬で覆われています。

https://www.tenjinsha.com/gosaijin.html

地図と公式HP