高橋義夫の「御隠居忍法 第1巻」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

主人公は鹿間狸斎。狸斎は号で、名は理助。狸斎は四十の声を聞いたとたんに養子の忍に家督を譲り隠居した。

御広敷伊賀者、いわゆる御庭番の家柄。伊賀時代には服部半蔵と同格の家格であり、漢の服部と呼ばれる名家だった。漢の服部は火薬術に通じている。

狸斎が奥州笹野藩七万石に住むようになったのは二年前から。娘の奈々江が笹野藩の馬廻役の家に嫁入りし、藩主の参勤交代に従って国表へ帰った。それを追うようにやってきた。

妻の志津江も女の隠居として剃髪して尼となっている。

舞台となるのは、奥州笹野藩七万石の飛地で七ヶ村を支配する陣屋がある五合枡。奥州の宿場町であり、水運の町でもある。

本作で狸斎は知らず知らずのうちに、この笹野藩の政争に巻き込まれていく。

このシリーズの時代設定を推測するのが楽しそうなので、やってみたいと思う。

「謙信の首」で餓鬼図が登場する。天明の大飢饉を描いた絵だという。天明の大飢饉は一七八二年から一七八八年に起きている。一方で狸斎と同じ年の目明しの文次は子供の頃にこれを見せられたといっている。これが六歳頃だとすると、少なくとも四十年以上は前のものということになる。

仮に四十年前に文次が絵を見たとすると、一八二二年から一八二八年の幅がある。一八二八年が文政十一年だから、文政年間だ。

別のアプローチがある。「見世物小屋の剣客」の戸塚の大金玉で狸斎が語っている。寛政の頃に長崎にいったことがあるというのだ。寛政年間は一七八九年から一八〇〇年。狸斎が役についたのは三十をすぎてから。

役についてすぐに長崎に行ったのだとすると十六年前だから一八〇五年から一八一六年ということになるが、昌平坂学問所にいた時の遊学と考えると、もう少し若い頃の話となる。となると一八二〇年代ということになりそうだ。一八二〇年代となると文政年間である。

見落としているヒントもあるかもしれないが、文政年間というところまでしか絞れなかった。将軍は徳川家斉の時代。

まぁ、この推測が外れていてもかまわない。こうした楽しみ方もあるということである。そして、こうしたざっくりとした推測がたつと、時代背景などを思い浮かべながら楽しむこともできるようになる。これも時代小説の一つの楽しみ方だ。

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内容/あらすじ/ネタバレ

笹野藩の五合枡陣屋の目明し文次が鹿間狸斎を訪ねてきた。二人は同じ四十六歳である。

文次は江戸を荒らし回った火付強盗が奥州へ逃げたというので人相書が回っているという。すると果たして出たという。油商が斬り殺されたというのだ。

狸斎は文次に人相書を見せてもらった。蛇喰の総兵衛というのが首領らしい。びいどろ彦四郎、弥吉というのが両腕だ。

籐兵衛という本百姓の屋敷が火事で焼けた。家族全員と使用人が逃げ遅れている。狸斎はおかしいと思った。一人も逃げ出せなかったことがである。

五日後、今度は山にやった木こりの人が戻ってこないという。狸斎は案内の木こりを一人連れて山に入っていった。

文次が戸塚の大金玉の話を聞きに来た。文次はその戸塚の大金玉を預かることになったのだという。七、八十年前に戸塚の大金玉という名高い乞食がいた話をした。狸斎はその二代目を見たことがある。とすると、文次の預かるのは三代目という事になるのだろう。

文次は雁金屋という旅館を営んでいるが、普段は妻と番頭にまかせて、妾と一緒に大黒湊のはずれに住んでいる。

狸斎が嘉吉と名乗った男に会ったのは十日ほどあとのことだった。

狸斎が眠っていると障子を開いて襲ってきた者がいる。侵入者は物取りではなく命を狙っていた。狙われたのは嘉吉ではないのか。狸斎は嘉吉を武士で相当の使い手と見た。そして、再び刺客が現われた。

大黒湊から南へ一里ほどの東雲峠の茶屋で、若い美しい娘と壮年の武芸者が白刃をふるって、見物人の前で消えてしまうという事件が起きた。

娘の奈々江が新野市右衛門を連れて訪ねてきた。狸斎はおすえという女を身近においていた。手もつけている。このおすえと奈々江は互いに虫が好かないようだ。

狸斎は鉄脚膏という薬をつくり文次に売りさばかせていた。思ったより商売が当り、月に十両から十五両の割り前が入ってきて隠居暮らしが楽になっている。このことで市右衛門は訪ねてきたようだ。わずかな薬の売り上げも気になるほど藩財政は困窮していた。

東雲峠の麓には前藩主の側室・慈照尼が住んでいることがわかった。

笹野藩には黒手組という聞き慣れない隊の名がある。今はこの組はない。だが、と狸斎は考えた。

誰と誰が何のために戦っているのかは不明だが、慈照尼の隠居屋敷の周辺が戦場になっているのは確かである。

現藩主兼知は奥州水無瀬藩から養子で入ってきている。前藩主の側室・慈照尼とは異母姉弟にあたる。

狸斎は女を助けた。誰が袖という名らしい。これを引き取りに来た者達と…。

奈々江の舅・新野耕民と狸斎は交際があった。耕民は狸斎より三つ上である。

招かれた狸斎はそこで波多野四郎右衛門を紹介された。神道無念流の道場主である。四郎右衛門は果たし合いを申し込まれていた。相手は掛矢録次郎。その父を上意によって斬ったのだという。この時の後見人の一人が耕民であった。

録次郎が父と同じ剣を遣うのだとすると、夜光の玉という秘剣があるはずだ。だが、誰も見たことがない。

慈雲寺の浄海和尚が狸斎に餓鬼図という絵を見せた。浄海和尚の方が少し上で、五十歳である。絵は天明の大飢饉の頃に書かれたという。

狸斎が山の温泉で湯治するという話を聞いてやってきた文次が帰りに襲われた。文次が襲われたというよりも、駆け込んできた六部を狙っていたようだ。六部は木乃伊の首を持っていた。

六部は儀助と名乗った。木乃伊は上杉謙信だという。上杉謙信は川中島の戦いで死んで、そのあとは影武者が上杉謙信役を務めたのだと主張する。武田信玄の感状もあるという。

この首のために儀助は狙われたというのか?

おすえは子ができたと狸斎に告げた。

新野市右衛門が耕民と一緒に狸斎を訪ねてきた。笹野藩側用人・鵜殿頼母が近々国許に戻ってくるので、それを守ってくれないかという。

笹野藩は近頃不穏な空気が流れている。江戸藩邸の実力者の鵜殿頼母が内密に国入りするのは、不安定な藩政に関係するのだろう。

新野市右衛門の屋敷が固められている。変事が起きたようだ。狸斎を監視しろという達しが来たようで文次は戸惑っている。

その中をかいくぐって狸斎は頼母にあった。これを襲ってきたのは意外なことに戸塚の大金玉・嘉吉だった…。

東雲峠の御隠居屋敷に薄気味悪い噂がある。三つ四つの男の子が次々に神隠しにあい御隠居屋敷に連れ去られているという。

耕民と狸斎は神崎村を訪ねた。村は騒然としている。先に失脚した国家老の糠目主膳の事が関係しているらしい。

こうした中、鵜殿頼母が撃たれた。幸い命を取り留めたが、頼母は暗殺を命じたものはわかっているという。これについて頼母は女を呼んだ。女は以前狸斎が助けた誰が袖である。本当は悦というらしい。

女の子が生まれた。妻の志津江が産んだのも女ばかりだった。その娘の奈々江が目をつり上げて狸斎のところにやってきた。

鵜殿頼母が死んだと文次が知らせてきた。毒を盛られた形跡があるそうだ。家中の政争は国家老糠目主膳の失脚という形で一応の決着を見たはずである。また火種があらわれたのか?

その糠目主膳と狸斎は偶然で会うことになる。それは新野耕民と一緒にいる時のことだった。

生まれた女の子は夏江という名にした。

本書について

高橋義夫
御隠居忍法
中公文庫 約二九〇頁
江戸時代

目次

御庭番・鹿間狸斎
見世物小屋の剣客
霊薬妓王丹
秘剣夜光の玉
謙信の首
不死身の男
黒手組
冬人夏草

登場人物

鹿間狸斎
おすえ
夏江…娘
玉…愛猫
志津江…妻
文次…笹野藩の五合枡陣屋の目明し
おきみ…文次の女房
新野耕民
新野市右衛門…耕民の倅
奈々江…狸斎の娘、市右衛門の妻
蛇喰の総兵衛
びいどろ彦四郎
弥吉
嘉吉(春木仙右衛門)
六右衛門…山城屋の番頭
慈照尼…前藩主の側室
悦(誰が袖)
波多野四郎右衛門…神道無念流
掛矢録次郎
浄海和尚…慈雲寺
儀助
鵜殿頼母…笹野藩側用人
糠目主膳…国家老
今出川

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