佐藤賢一「双頭の鷲」の感想とあらすじは?

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ベルトラン・デュ・ゲクラン…この名は知りませんでした。

同時代のフランス国王シャルル五世の名や、エドワード黒太子の名は教科書で見知っていたのですが、ベルトラン・デュ・ゲクランの名は、ついぞ登場してこなかったからです。

フランスは戦の弱い国だと思っていました。有名なジャンヌ・ダルクは一回くらいしか勝っていません。もっとも強いと思っていたナポレオンもイギリス軍には勝てませんでした。

ですが、本書の主人公ベルトラン・デュ・ゲクランはイギリス軍に大幅に勝ち越しています。そして、追い出すことにすら成功しているのです。まさに軍事の天才です。

その割には、日本では知られていない人物です。フランス本国ではどうだか知りませんが、少なくとも日本では評価が限りなくゼロに近い人物でしょう。

こういう人物は、他にも数多くいるに違いありません。歴史の評価は常に勝者の側からしかされません。そしてそれが故に歪められることがあります。

そういうことを思い知るテーマでもありました。ですから、本書における佐藤賢一の慧眼は素晴らしいものがあると思います。

本書は田舎の貴族にしかないベルトラン・デュ・ゲクランが、終身の職であるフランス軍の最高位・大元帥に至るまでの物語です。

クライマックスは大元帥の叙任式の場面です。

「この男子、人知の及ばぬ栄光の定めを授かりて、系譜に未踏の輝きを得ん。天下に無二の人となり、百合の花に飾られたる、未曾有の名誉を楽しまん。遠くエルサレムの果てにさえ、名を轟かせるに至るなり」

ベルトランに授けられた予言が達成される瞬間です。

大元帥になるベルトランがシャルル五世から渡されたのは、王家の紋章が散りばめられた王剣でした。王家の紋章は百合の花です。

この様な栄光を身にまとったベルトランですが、物語は悲劇の要素が強いです。

ベルトランの言動は喜劇なのですが、その裏に隠されたものの悲劇性が、本書の特徴でしょう。そのため、本書をベルトランの出世物語として読むのは浅はかだと思います。

本書の魅力の一つとして多彩な人物の登場が挙げられます。それは敵味方問わずです。

特にベルトランを支える従弟エマヌエル・デュ・ゲクラン、部下のオリヴィエ・ドゥ・モーニ、弟のオリヴィエ・デュ・ゲクラン、妻のティファーヌ・ラグネル、主のシャルル五世、敵のエドワード黒太子やジョン・チャンドス、そしてライバルのジャン・ドゥ・グライー…

この物語には、二人の天才が登場します。その天才を才能を見抜いた男達の扱いがこの二人の天才の明暗を分けます。

天才とは一人はもちろん主人公のベルトラン・デュ・ゲクランです。もう一人はジャン・ドゥ・グライー。そしてこの二人の才能を見抜いたのが、シャルル五世であり、ジョン・チャンドスでした。

シャルル五世はベルトランを厚遇することで、その才能を遺憾なく発揮させます。ですが、ジョン・チャンドスはグライーを冷遇することでその才能の芽を潰してしまいました。この物語はそういう天才の栄光と悲劇も描かれているのです。

私はこの二人の天才以外にもう一人天才が描かれていると思っています。

それは、オリヴィエ・ドゥ・モーニです。ベルトランの影に沿う形でいつもいるこの男も天才でしょう。

この天才は上記の二人とは異なった人生を歩むことになります。これも、天才の生き方なのかも知れません。

是非読んで頂きたい一冊です。

作者はこの後の作品で直木三十五賞を受賞しています。受賞直前の作品ですが、受賞作品よりも本書の方が遥かに面白いと私は思います。

書籍 100年戦争なら同じ佐藤賢一氏による英仏百年戦争がおすすめ。

映画 英仏百年戦争を舞台にした映画。

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内容/あらすじ/ネタバレ

一三五六年九月十九日、百年戦争の中、フランス軍とイギリス軍はフランス中西部、ポワティエ近郊の草原で激突した。有名なポワティエの戦いである。イングランド軍の将軍チャンドスはこの戦いがじきに終わるのを確信していた。それもイギリス軍の圧勝で。

戦いは、やはりイギリス軍の圧勝で終えた。まさに圧勝だった。フランス軍は、あろうことか総大将であるフランス王ジャン二世も捕虜になっていたのだ。この時代、捕虜は金になるので丁重に扱われた。それも高位のものであればあるほど身代金が高騰するのだった。

チャンドスは捕虜になったジャン二世を内心嘲笑っていた。捕虜になったにもかかわらず、王としての態度を崩さず、まるで快い運動をしたかのように嘯くからである。しかも、今度相まみえる時は勝といっている。笑止千万。フランス軍はイギリス軍に連敗に連敗を重ねているのだ。勝てるはずがない。

……年が明けた。ブルターニュ継承戦争が激しさを増していた。跡目を争う二人の公位要求者、モンフォール伯ジャンとブロワ伯シャルルが熾烈な争いを繰り広げていたのだ。

ディナンは北西フランス、ブルターニュ公領に属する小都市である。ディナンはブロワ党を支持する都市だった。そのディナンが目下三千の大軍に囲まれている。そして籠城生活は二ヶ月に及んでいた。だが、戦いは二十五日間の休戦に入っていた。

その休戦中のことである。ディナンでは決闘が行われることになっていた。一方の戦士はベルトラン・デュ・ゲクラン、三十六歳になる傭兵隊長である。もう一方はイングランドのトマス・オブ・カンタベリ。この戦いに町は浮かれていた。ベルトランよせめて相手に一泡吹かせてやってくれ。そんな声援を背にするベルトランは周囲の期待どこ吹く風の無頓着ぶりである。決闘直前というのに、悪戯をしては周囲の笑いや顰蹙を買っていた。

戦いを前にある話題が持ちあがった。ベルトランは以前に占ってもらったことがあった。「この男子、人知の及ばぬ栄光の定めを授かりて、系譜に未踏の輝きを得ん。天下に無二の人となり、百合の花に飾られたる、未曾有の名誉を楽しまん。遠くエルサレムの果てにさえ、名を轟かせるに至るなり」。ベルトランの従弟で相談役・知恵袋のエマヌエル・デュ・ゲクランはその意味を理解できないでいたが、ベルトランがこの占いを強く信じているのを知っていた。

この話が再び話題になったのは、女の話題が出たからだ。その女は今回の決闘を占ってベルトランが勝といっていたそうだ。女の名をティファーヌ・ラグネルといった。だが、この話題が出たとたん、ベルトランの機嫌が悪くなった。女嫌いで通っていたのだ。だが、真の理由は別にあることをエマヌエルは知っていた。

決闘が始まると、ベルトラン・デュ・ゲクランの強さは本物であった。決闘は圧倒的な差をもって終了したのだった。
ディナンの包囲からすぐ。レンヌが包囲された。この戦いが剣が峰である。ブロワ党の党首ブロワ伯はベルトラン・デュ・ゲクランと食事をしていた。ベルトランにとってブロワ伯は主君にあたる。

……ベルトランの仲間達・黒犬隊は重要な会議を開いていた。エマヌエルが進行役を務めている。目下の懸案は金である。黒犬隊の軍資金が底を尽きてきているのだ。パリから給金が支給されないからである。黒犬隊の面々が侃々諤々の議論をしているなかで、ただ一人蚊帳の外にいたベルトランがしびれを切らした。わかった、俺がパリに行って王太子にかけあってくる。ベルトランはエマヌエルを引きずるようにしてパリに向け出発した。

パリは群衆が大挙していた。パリの市民が三部会の大義の下に改革運動を急進化させていたのだ。パリ革命と呼ばれる出来事が進行していたのだ。給金が滞っていたのは、まさにこのためだったのだ。ベルトランとエマヌエルがやって来たのはまさにこの最中なのだった。

だが、意に介さないベルトランはそのまま王宮へとなだれ込んだ。王太子シャルルにあって給金の要求をしようとしたベルトランだったが、その表情が変わった。予言の人だ…ベルトランはシャルルを予言の人だといった。それはシャルルが身につけているものが百合の花だったのだ。王家の紋章は百合の花である。まさに運命の出会いであった。

ベルトランはこの後すぐにシャルルの臣下となる。そして、シャルルをパリから脱出させた。

脱出を得たシャルルは今度はパリの奪還を目論む。この一連の作戦の中でベルトランはその才能を遺憾なく発揮する。シャルルは一風変わった男を見直した。見直したどころか、この男は戦の天才であることを確信する。それも並の天才ではなく不出生の天才である。このことを理解したシャルルはベルトランに対する考えを一変させてしまう。

後に「賢王」と賞賛されるシャルル五世と、「軍神」と崇められるベルトラン大元帥という最強のコンビが誕生したのだった。

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本書について

佐藤賢一
双頭の鷲
新潮文庫 上下計約1,155頁
14世紀フランス

目次

プロローグ ポワティエ
一、戦場
二、敗者

第一章 ブルターニュ一、悪童
二、ドールフィン館
三、猛獣遣い
四、占い
五、闘技場
六、決闘
七、美の厭うところ
八、弟たち
九、疑念
十、突破
十一、チャンドスの目
十二、主君

第二章 パリ
一、ポントルソン
二、結論
三、図書館
四、決別
五、赤青帽
六、パリは燃える
七、預言の人
八、脱出
九、プロヴァン
十、地図
十一、遊戯
十二、モー
十三、パリ包囲
十四、目算

第三章 ノルマンディ
一、旧主
二、見合い話
三、日課
四、石の質感
五、カレー
六、騎士は踊る
七、前日
八、ホロスコープ
九、過去
十、グーレー城
十一、コシュレル
十二、敵将
十三、動揺
十四、幕開け

第四章 スペイン
一、オーレ
二、展開
三、アヴィニョン
四、ピレネ越え
五、ナヘラ
六、サン・ポル館
七、彷徨
八、悪夢
九、対面
十、ガスコーニュ人

第五章 フランス
一、プロヴァンスからの手紙
二、モンティエル
三、祝宴
四、表裏
五、モン・サン・ミシェル
六、最後の目
七、不純
八、フォワ伯の依頼
九、鋳型
十、鷲の帰還
十一、虐殺
十二、百合の花に飾られたる
十三、ポンヴァヤン
十四、死相

第六章 ブルターニュ
一、軍神
二、愛しすぎて
三、遺言
四、生還
五、牢
六、初恋
七、難局
八、迷い
九、エキュ・ドゥ・フランス館
十、僧院
十一、シテ島
十二、両替屋橋
十三、ひとまち顔
十四、ボテ城

エピローグ エルサレム
一、戦場
二、聖地

登場人物

ベルトラン・デュ・ゲクラン…ブルターニュの貴族
エマヌエル・デュ・ゲクラン…ベルトランの従弟
オリヴィエ・ドゥ・モーニ…ベルトランの部下
ギョーム・ドゥ・ゴワイヨン…ベルトランの部下、韋駄天の異名
チボー・ドゥ・ポン…ベルトランの部下、怪力の大男
オリヴィエ・デュ・ゲクラン…ベルトランの弟、次男
ギョーム・デュ・ゲクラン…ベルトランの弟、三男
ロベール・デュ・ゲクラン…ベルトランの弟、四男
ティファーヌ・ラグネル…ベルトランの妻、占星術師
シャルル五世…フランス王
ルイ(アンジュー公)…シャルルの弟
ジャン二世…フランス王、シャルルの父
ビューロー・ドゥ・ラ・リヴィエール…筆頭侍従官
クリスティーヌ・ドゥ・ピサン
ジャンヌ・ドゥ・ラヴァル…ベルトランの後妻
アルマン・ドゥ・ラ・フルト
シャルル・ドゥ・ブロワ…ブルターニュ継承戦争を闘う、ブロワ党の首領
ジャンヌ・ドゥ・パンティエーブル…ブロワ伯の奥方
<イギリス側>
エドワード三世…イングランド王
エドワード黒太子…イングランドの王太子
ヘンリー(ランカスター公)
ジョン・チャンドス…イングランド軍の重鎮、鉄人
ジャン・ドゥ・グライー(ブーシュ小伯)…ガスコーニュ貴族
ジャン(モンフォール伯)…モンフォール党の首領
<スペイン側>
エンリケ・デ・トラスタマラ…王位を狙うもの
ペドロ一世…カスティーリャ王
ソリア夫人

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