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成田の不動塚の参詣記-歴史や見どころは?(千葉県成田市)成田山新勝寺発祥の地

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千葉県成田市にある不動塚を紹介します。

成田山新勝寺発祥の地です。

不動塚

最寄りの役は京成線の公津の杜駅です。歩いて15分程度でしょうか。

JR成田線の踏切近くにあります。角地にあり、車の往来も結構ある場所です。

自動車はおススメしません。周辺に停める場所がないためです。電車で行くのが良いです。

都内から成田までは日帰りの範囲内ですので、成田山新勝寺をお参りしたついでに、この地を参拝するのがおススメです。

成田を中心に香取神宮鹿島神宮息栖神社の東国三社巡りや、関東に二社しかない建武中興十五社の小御門神社を参拝するなど、足を延ばすのでしたら、成田駅周辺に泊まるのがおススメです。

宿泊旅行なら旅行サイトを利用するのが良いと思います。下記をご参考になさってください。
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成田の不動塚の歴史

成田山新勝寺の発祥の地です。

成田山新勝寺はもともと現在地にあったわけではありませんでした。

平安時代に寛朝大僧正が平将門の乱を鎮めるため不動護摩供を修しました。

乱の平定後にこの地に堂宇を建立したと縁起に記されており、この不動塚周辺が本尊の不動明王を最初に奉祀した場所と伝えられています。

説明板

成田山御本尊遷座舊跡

不動塚

成田さんは、天慶二年(九三九)寛朝大僧正が御本尊不動明王を捧持し、難波(大阪府)の津より海路を東上、横芝光町尾垂ヶ浜に上陸(御本尊上陸聖地)され、陸路を進み公津が原(成田市西南部)において平将門の乱を鎮めるため不動護摩供を修し、平定後この地に堂宇を建立したと御縁起に記され、この不動塚周辺が御本尊不動明王を最初に奉祀した場所と伝えられ、成田山の舊跡地といわれる所以であります。新勝寺が明暦元年(一六五五)に新本堂(現薬師堂の建立の折り、御本尊入仏落慶供養の行列が行われ、その古事に倣い、吉例行事として舊跡地において法楽が執り行われます。明治十七(一八八四)十二月建立の「成田山舊跡不動塚之碑」があり、不動塚内は、宝座を表す蓮台が刻まれた平安舊跡を示す御本尊御座石が残されています。これを顕彰するため、不動尊像が昭和初年に奉安され、台座に「元不動再興」とあり、東京、中国上海の奉納者も刻まれ、信仰圏の広さをうかがわせるものです。

平成三十年(二〇一八)成田山開基一〇八〇年祭記念事業として不動塚の整備が行われ、この地は、地元並木町の方々により祀守され、琴平宮様(金毘羅大権現)、二十三夜様、十九夜様(子育観音)が併祀され鎮守の杜となっております。

平成二十九年四月吉日

大本山成田山新勝寺
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成田の不動塚の見どころ

不動堂

不動塚には不動明王のほかに、琴平宮と十九夜様と二十三夜様が祀られています。

琴平宮に祀られているのは、金毘羅権現(こんぴらごんげん)です。

金毘羅権現は、金刀比羅宮(ことひらぐう)にまつられる神です。

山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神であり、本地仏は不動明王、千手観音、十一面観音など諸説あるようです。

神仏習合については義江彰夫さんの「神仏習合」が詳しいです。

右側が琴平宮

十九夜様と二十三夜様は、十三夜・十五夜・十七夜・十九夜・二十三夜など特定の月齢の夜に、人々が集まって月が出るのを待ち、供物を供えて飲食を共にする民間行事に因んでいます。

十三夜は虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)、十五夜は大日如来(だいにちにょらい)、十七夜から二十二夜までは観音様を本尊とし、二十三夜は勢至菩薩(せいしぼさつ)を本尊とするようです。

十九夜様
二十三夜様

地図

所在地 〒286-0045 千葉県成田市並木町