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牟田口義郎の「物語 中東の歴史 オリエント五〇〇〇年の光芒」を読んだ感想

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覚書/感想/コメント

「中東」は広範な地域になる。それこそ「物語 ヨーロッパの歴史」や「物語 東アジアの歴史」と同じような感じではないかと思う。

そもそも「中東」には二つの古代文明が内包される。エジプトとインダスである。このそれぞれの地域から掘り起こして…なんてことは、いくらページ数があっても足りないだろう。

つまり、出版社としてはとんでもなく広い地域の歴史をお願いしたということになる。どだい無理な企画なのだ。この企画を立てた出版社の担当者の無知に乾杯!Cheers!!

なので、本書はピックアップするかたちで書かれている。力が入れられていると感じるのは第五話の「風雲児バイバルス」の項である。

だが、私が取り上げたいのはイスラーム。

なお、イスラームを扱った近年発刊された本で、イスラームと記載せずに「イスラム教」と書いたり、クルアーンという用語の注釈をつけずに「コーラン」と書いている本を見かけたら、著者の学識を疑った方がいい。

また、内容の信憑性を疑問視していい。なんとなれば、まっとうな学者や知識人であれば、「イスラーム」「クルアーン」と書くはずだからである(もちろん、わかりやすさを考えカッコ書を入れることはあるだろうが)。

ただでさえ日本人に馴染みが薄い中東の歴史に、さらに苦手な宗教が密接に絡むのだから、せめて読む本だけはまともなものを選びたいところである。

ちなみに、「イスラム教という記載は間違い」であるが、「イスラム教徒という記載は間違いではない」。ムスリムと表記した方がいいのだろうが、あまりにも馴染みがないので、正確ではないが間違いではないイスラム教徒の記載をするのはよくある。

ややこしいので気をつけて欲しい。

さて、「イスラームは砂漠の宗教」という言葉があるが、この提言は真っ赤なウソである。イスラームは紅海沿岸最大の商業都市メッカを原点とする「都市宗教」である。

そもそも預言者ムハンマドは商人であった。そのため、聖典であるクルアーン(コーラン)には商業的発想がふんだんに見られるし、商業用語が多用されている。

イスラームはアラブの特権を廃止し、アラブの非アラブ(アジャム)支配ではなく、ムスリムの非ムスリム支配という政治体制への変化により普遍宗教への道を歩み出す。

帝国の首都はダマスカスからバグダードへ移り、この移転してからわずか一〇〇年の間にギリシア人が数世紀かけて発展させたものを同化してしまう。ヨーロッパでは暗黒時代と呼ばれたなか、イスラームは世界の最先端の知識を身につけることになる。

「十字軍」の時代において、先進地域だったのはイスラーム圏の方で、ヨーロッパは「蛮族」の地でしかなかった。

イスラームが膨張する過程でよく言われる「剣かコーランか」という言葉は間違いである。この他に「貢納」があり、アラブの征服者はこの「貢納」をもっとも求めた。

「剣かコーランか」というフレーズはイスラームの好戦性と非寛容性をイメージさせるが、事実と異なるのである。

なお、もっとも好戦的で非寛容的な宗教は歴史を紐解けば分かるがキリスト教である。

*詳細な目次は下記のとおり

序章 中東の風土 われわれの認識は確かか
 プロローグ 中東を知るためのQ&A
 1 生と死の世界
   「歴史の父」の言葉/乾燥のたまもの/商人の町メッカ
 2 アラブとイスラーム
   ムハンマドは国際人/アラブの台頭/海の商人
 3 バグダードとヨーロッパ
   帝国の変容/知的栄華/スペインの役割/憎悪と悪罵のあとで
第一話 乳香と没薬 古代を知るためのキーワード
 プロローグ 東方の三博士
 1 香料の身許調べ
   二人の女王を結ぶ/何に使われたか/万病の薬、そして悪魔祓い
 2 ハトシェプスト女王の南海貿易
   ブントの国へ/最古のカラー版報道/そして、いま
 3 ソロモン王とシバの女王
   ラクダによる流通革命/女王は外交辞令が上手/エルサレムの一夜
第二話 女王の都パルミラ 西アジアでいちばん美しい廃墟
 プロローグ 二つの劇的要素
 1 歴史と伝説のあいだ
   シルクロードの宿駅/ソロモン王の登場/水とナツメヤシ/神聖なエフカの泉
 2 ローマとペルシアのはざまで
   緩衝国という存在価値/ローマへの傾斜を深める/ローマの東方政策
 3 隊商都市から王国へ
   ペルシアとパルミラ/オダオイナト、「王」を名乗る/ゼノビアの登場
 4 「ローマ入城」を夢見て
   夫の遺業の実現へ/束の間の「パルミラ帝国」/滅亡、そして廃墟
第三話 アラブ帝国の出現 噴出したイスラーム・パワー
 プロローグ 「剣かコーランか」の虚構
 1 天の時、地の利、そして人
   コーランか貢納か剣か/共倒れ間近の東西帝国/セム人の世界、人材輩出
 2 イラン・イラク戦争のルーツ
   戦勝記念館/「イスラームの戦争」の原則/まず慎重に情報集め/使節団、ペルシアの土をもらう/不信のやからは分別も何もない
 3 カーディシーヤの合戦
   アッラーフ・アクバル/味方に援軍到着と思わせる/とどろきの夜/ルスタムの最期/ペルシア軍の敗北
 4 名将たちの運命
   合戦前夜に受けた衝撃-ハーリドの場合/状況に応じた判断力-アムルの場合/温厚さを備えた政治家-ムアーウィアの場合/謀略では勝ったが-クタイバの場合
 5 戦争と文明
   アラブ帝国からイスラーム帝国へ/バグダード・ルネサンス/帝国の分裂/スペインとシチリア
第四話 「蛮族」を迎え撃つ「聖戦」 反十字軍の系譜
 プロローグ ムスリム世界は麻のごとく乱れ…
 1 十字軍は侵略者
   ウソの十字軍展開/「十字軍」ではなく「蛮族フランク」/反撃はやっと五〇年後に
 2 聖戦を翔ける白い鷹
   紅毛碧眼のアタベグ・ザンギー/神からの賜り物か、ペテン師か/聖戦の使徒/謀略と奇襲でエデサ攻略
 3 「信仰の光」は輝く
   「名将の器」ヌールッディーン/「一〇〇万の大軍」がやってくる/フランク人同士の不和/ムスリム・シリア、統一さる
 4 エジプトの「国盗り」
   ナイルの誘惑/「山のライオン」シールクーフ/シリア軍のカイロ入城
 5 サレディンの時代
   その前半生/ファーティマ朝の滅亡/ヌールッディーンの死/聖戦の機はようやく熟す/エルサレムの奪回へ/第三回十字軍/人民が嘆いた死
 6 サラディン後、アイユーブ朝の八〇年
   平和共存の時代も、やがて…/ナイル川が侵略軍を「撃退」/ルイ九世のエジプト侵略/襲いかかるライオンたち
第五話 風雲児バイバルス 一三世紀の国際関係
 プロローグ エジプトは侵略者の墓場
 1 モンゴル軍の中東遠征
   フランス王への接近/バグダード炎上/道案内はキリスト教国の王たち/ついに地中海へ
 2 破門皇帝フリードリヒ二世
   皇帝とエジプト王との友情/王冠をかぶった最初の近代人/モンゴル対ヨーロッパ/教皇対皇帝の「熱戦」/皇帝はローマへ進撃したが
 3 聖地の鍵はエジプトに
   サーリフ、モンゴルに備える/バイバルスの前半生/モンゴルの代わりにフランス軍が/モンゴルの「お家事情」
 4 デルタの決戦
   フランス軍、カイロをめざす/サーリフの死、そして奇襲/バイバルスの反撃、形勢逆転/女性スルタンの登場
 5 マムルーク朝の成立
   政治的混乱の一〇年/対モンゴル迎撃作戦/アイン・ジャールート/バイバルスの即位
 6 バイバルスの時代とその後
   戦うこと三八回/合従と連衡/フラグの復讐戦、ついに成らず/十字軍国家の終末/イル・ハン国の変容と「アヴィニョン補囚」/後世の評価
 7 中世史を探訪する
   十字軍の城クラク/幾多の城攻めに耐え/ペテンは美徳/クラクの復活
第六話 イスラーム世界と西ヨーロッパ 中世から近世へ
 プロローグ 西ヨーロッパの東西で
 1 陸と海の「十字軍」
   レコンキスタの完成/ポルトガルの台頭/なぜスペインか/ヴェネツィアをたたく/魂のレコンキスタ
 2 オスマン帝国と西ヨーロッパ
   コンスタンティノープルを攻略/「残酷者」の東方遠征/「壮麗王」と三人の君主/フランソワ対カール/力の均衡
 3 地中海時代の終わり
   海賊提督バルバロッサ/ふたつの海戦/スペインの出血/イスラーム世界の衰退/大西洋時代へ
第七話 スエズのドラマ 世界最大の海洋運河をめぐって
 プロローグ 東洋と西洋の結婚式
 1 四〇〇〇年の歴史
   スエズに注目したナポレオン/レセップス登場/山をも動かす男
 2 イギリスの運河乗っ取り
   遅かった反省/「世紀の買い占め」/「国盗り」の果てに
 3 運河はエジプトのもの
   冷戦下のナセル政権/ナセルは語る/危機から戦争へ
 4 運河の未来図
   ドラマは続く/日本の貢献/第二運河をつくろう

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本書について

物語 中東の歴史 オリエント五〇〇〇年の光芒
牟田口義郎
中公新書 約二九〇頁
解説書

目次

序章 中東の風土 われわれの認識は確かか
第一話 乳香と没薬 古代を知るためのキーワード
第二話 女王の都パルミラ 西アジアでいちばん美しい廃墟
第三話 アラブ帝国の出現 噴出したイスラーム・パワー
第四話 「蛮族」を迎え撃つ「聖戦」 反十字軍の系譜
第五話 風雲児バイバルス 一三世紀の国際関係
第六話 イスラーム世界と西ヨーロッパ 中世から近世へ
第七話 スエズのドラマ 世界最大の海洋運河をめぐって