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海道龍一朗の「乱世疾走 禁中御庭者綺譚」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

丸目蔵人佐長恵

物語の早い段階で、上泉伊勢守信綱が登場することから、「真剣」の続編かと思ってしまった。丸目蔵人佐長恵が登場したので、「ははーん、今度は丸目蔵人佐長恵を主人公とした剣豪小説か」と思ったのだが、それにしても、題名が?という疑問はあった。

丸目蔵人佐長恵は実在の人物で、九州を中心に広まった流派の祖である。流派はタイ捨流という。「タイ」がカタカナなのは「タイ」に、「体」「太」「対」「待」などの意味合いを込めているからであると言われる。

つまり漢字で書くのは間違いということのようだ。また、丸目蔵人佐長恵は新陰流の上泉伊勢守信綱の弟子であったことでも知られる。

丸目蔵人佐長恵を主人公とした小説

伝奇小説

本書は「真剣」の続編でもないし、剣豪小説でもない。伝奇小説である。

副題に出てくる「禁中御庭者」とはいわば天皇の忍び。この役目に丸目蔵人佐長恵が就き、他に楠葉西門、香阿弥(土御門有之)、大角坊役胤、柳生凛という四人が加わる。

五人のキャラクターが強い。だが、登場するキャラクターというのは、実に漫画向きである。いや、ライトノベルなら普通にこうしたキャラクターが登場してきそうである。また、五人という点から、特撮ヒーロー戦隊ものを想像してみてもいいかもしれない。

こうしたキャラクター設定をどう捉えるかが読む上でのポイントになるだろう。

まず、丸目蔵人佐長恵は剣豪として登場する。五人の中では年長ということで頭目になり、基本的に大ざっぱな性格のように描かれている。そして、田舎者と言われると逆上するキャラクターである。

楠葉西門は堺の豪商の息子。武芸は全くできないが、軍師的な役割や、その天性の商才を生かして皆を助ける。

香阿弥(土御門有之)は陰陽師で、鉄扇刃の使い手。妖術のようなものも使える。香道と曲舞に秀でた見目麗しい貴族青年。女男と言われると逆上する。

大角坊役胤は役小角の末裔で飯綱使い。飯綱には貂の鴟尾を使っている。大男で粗暴なキャラクターとして描かれているが、人一倍繊細な面を持ち合わせている。悩みは飯綱の貂の鴟尾が柳生凛になついてしまっていること。

その柳生凛だが、触れ込みは柳生宗巌の妹。だが、伊賀の百地家からあずかっている姫である。そのため忍びの術にたけている。普段は酒を飲まないが、酒を飲み始めると底なしで、おまけに酒癖がきわめて悪い。さらに凛には隠された出生の秘密がある。

終わり方

本書は中途半端に終わっている。姉川の合戦の直前で終わっているのだ。

そもそも事の発端は、天下の情勢、とくに織田信長の動静を探るというものであったはず。織田信長が乱世を終わらせる人物なのか、はたまた混迷度合いを深める人物なのかを探り出すのが禁中御庭者の仕事であったはずである。つまり、織田信長という人物を外から見るのが物語の骨子だった。

だから、少なくとも織田信長が天下をほぼ手中に収めるまでは描かなくては尻切れ蜻蛉である。

また、禁中御庭者が解散するまでを描くのであれば、乱世が終わる所まで描かなくてはならない。

要するに、読み終えて、何か釈然としない、尻がもぞもぞするようなもどかしさを感じる作品なのである。もし、本書だけで終わるのなら、きわめて中途半端な作品である。続きが出るのを期待したい。

七人の侍

さて、黒澤明監督の映画「七人の侍」で、志村喬演じる勘兵衛が庄屋に立て籠った盗賊をつかまえるシーンがある。

このシーンと全く同じ描写がなされている箇所がある。違う点と言えば、この捕物に丸目蔵人が参加しているくらいだろう。

この「七人の侍」の勘兵衛は上泉伊勢守信綱がモデルになっているといわれている。

作者はそうしたことをふまえてこの部分を描いたのだろうか?それとも、もともと上泉伊勢守信綱にまつわるエピソードにこうしたものがあったのだろうか?

内容/あらすじ/ネタバレ

桜の季節。立入左京亮宗継は気が重かった。朝議が開かれるが、解決しなくてはならない問題が山積だ。そのくせ有効な手が打てない。

宗継は下流の公家である。この朝議に権大納言の山科言継が欠席していた。二人はわずかに織田信長という人物を知っていた。

朝議が終わったあと、宗継は残らされた。帝が直接訊ねたいことがあるようだ。信長のことだろうか?果たしてそうだった。帝は信長という人物のことを知りたがっていた。

その足で宗継は山科言継邸を訪ね、帝が言われたことを伝えた。そして、禁中御庭者、つまり天下の情勢を探る者達を集めることにした。

それにしても金がない。宗継は堺へ行くことにした。一方で言継はある人物を念頭に置いていた。

山科言継は上泉伊勢守信綱を茶席に呼んだ。信綱は齢六十二になっており、言継とはほとんど同世代である。話を聞き、信綱は弟子の丸目蔵人佐長恵を推した。そして、さらなる手の者をと考え、奈良の宝蔵院胤榮に頼むことにした。

その頃、立入宗継は堺にいた。商人の楠葉西安邸を訪ね、金の工面をした。代わりにといっては何だが、西安から放蕩息子の楠葉西門を託された。

一方で、山科言継は内裏で長橋局と会い、先帝の十三回忌の金の工面の相談を受けていた。言継は三河の徳川のことを思い浮かべ、大丈夫だろうと伝えた。

この話のあとで、言継は長橋局の妹の次男・土御門有之に因果を含めてもらえないかと頼まれる。有之は香道と曲舞に明け暮れているのだという。一度あって説教することを約した。

上泉信綱と丸目蔵人は奈良に着いていた。宝蔵院胤榮が推挙したのは、金峯山の修験者で役小角の末裔だった。とんでもない暴れ者だという。

その頃、山科言継は土御門有之こと香阿弥を呼んだ。この席で、言継は香阿弥が香道や曲舞だけではなく、武芸にも秀でた若者であることを知る。そして、香阿弥にも禁中御庭者への声をかけた。

奈良では柳生但馬守宗巌がやってきた。同行する中に妹だという凛がいた。凛は柳生の者ではなく、伊賀の百地の娘だという。理由があって宗巌の妹ということになっていた。

丸目蔵人佐長恵、楠葉西門、香阿弥(土御門有之)、大角坊役胤、柳生凛の五人がそろって顔合わせをした。だが、個性の強い面々であるため、五人の頭目を決めるのに揉めた。そこでひとまず互いの力量を知るために仕合をすることになった。結局は年長の丸目蔵人が頭目となった。

五人の初めての役目は、山科言継に従って三河に下向することだった。つまりは言継の護衛だ。岐阜に着き、一行は言継の用事が終わるまで、城下を見て回った。

美濃尾張を発した軍勢が桑名に終結したという知らせが舞い込んだ。御庭者達は大和路を伊勢に向かったが、先導する丸目蔵人が迷い、そこを盗賊に襲われた。賊は楠木党と称していた。この一党の首領・楠木正連が五人を目的の場所に連れて行った。

信長は六万とも八万ともいわれる軍で北畠領を攻めていた。いまは大河内城で籠城をしている。籠城しているのは北畠中納言具教である。上泉信綱とは浅からぬ縁がある。

丸目蔵人は絶体絶命の状況において、織田軍の奇襲を知らせようと思っていた。それは、ひとえに師・上泉信綱と北畠中納言具教との関係を思ってのことである。だが、この中で楠木正連が重傷を負った。

六角承禎の手によって凛が攫われた。そこには凛の複雑な出生の秘密が絡んでいた。そして、承禎は凛に腹中虫を入れていた。金蚕蠱といわれる最悪の虫である。

香阿弥が自らのもつ陰陽師としての秘術の限りを尽くして金蚕蠱と対決することになった。

永禄十二年(一五六九)が終わって新しい年が始まった。禁中御庭者は朝倉領へ向かっていた。京で売り出し中の香道師と白拍子という触れ込みだ。朝倉家と、次には浅井家を巡業する予定だ。

見聞を終え、一旦帰京することになった。五人が出会ってから一年がたとうとしていた。

織田軍が急に行き先を変え、朝倉領へと攻め込んだ。だが、織田軍の後ろでは浅井家が立上がり、朝倉家と織田軍を挟み撃ちにしようとしていた…

本書について

海道龍一朗
乱世疾走 禁中御庭者綺譚
新潮文庫 約七五五頁
戦国時代

目次

巻の壱 乱舞
巻の弐 乱流
巻の参 乱脈

登場人物

丸目蔵人佐長恵
楠葉西門…楠葉西安の息子
香阿弥(土御門有之)
大角坊役胤…金峯山寺の修験者
鴟尾…貂
柳生凛(竜胆姫)
楠木正連
馬借の藤兵衛…馬飛脚、通称「飛び藤」
鳶の源蔵…伊賀者
上泉伊勢守信綱…新陰流祖
宝蔵院胤榮…宝蔵院流祖
奥蔵院道栄
柳生但馬守宗巌
山科言継…権大納言
沢路隼人…山科言継の雑掌
立入左京亮宗継…公家、禁裏御倉職
楠葉西安…商人
正親町天皇方仁
長橋局
大典侍局
織田信長
武井夕庵…右筆
アントニオ
ロレンソ
明智光秀
木下秀吉
北畠中納言具教
六角承禎
多羅尾刑部…甲賀者
足利義昭
細川藤孝