荒山徹の「高麗秘帖-朝鮮出兵異聞-李舜臣将軍を暗殺せよ」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

朝鮮水軍の李舜臣がいったん階級を剥奪され、再び攻めてきた日本軍に対抗するために、再度朝鮮水軍を率いるまでの短い期間を舞台にした伝奇小説である。具体的な期間は、慶長の役のあった一五九七年の七月十八日から約二ヶ月間である。

あらかじめ言っておく。本書は著しく好き嫌いが出る本である。人によっては不快感などを覚えるかもしれない。だから、あえて読むことを勧めはしない。小説は楽しく読んでこそなんぼだと思うから。

こうした感情を覚えるかどうかは、客観的に読めるか読めないかの差であるかもしれない。小説とは客観的に読む必要がないと思っているので、本書を感じるままに読むと、不快感などを感じる人がいるかもしれない。

なぜそうなるか?

本書は日本側、朝鮮側双方の視点に立って書かれている。それはいいのだが、朝鮮側からみた日本の書き方に不快感を覚える可能性がある。

頻繁に出てくる「倭奴」。日本人は蛮人であるという響きを持つ、蔑視の意味合いのある言葉であり、他にも日本を見下しているくだりがある。この点をどう見るか。

当然、日本側、朝鮮側双方の視点に立って書かれているので、朝鮮側から見ればこうした言い方や表現になるだろう。ただ、頻繁に出過ぎているのが気にかかる。無駄に不快感を与える可能性があるように思うのだが…。

同様のことが、日本軍側の書き方にも現れているかもしれない。

実はこうした点は、日本とまったく関係のないヨーロッパなどを舞台にして、本書と同じような手法を取ったら、全く問題にならなかったはずである。

例えば歴史的に仲の悪いフランスとイギリスを舞台にし、双方の視点から描いた小説など。

イギリス人やフランス人が読んだら不快に思うような内容であったとしても、面白く読めるはずである。

なぜなら、そうしたイギリス人やフランス人が不快の思うようなことに、我々は”関係ない”からである。

本書の場合、まさにこうした点において客観的に読めるかどうか、もしくは、単なる伝奇小説として読めるかどうかが、楽しめるかどうかの分かれ道であろう。

さて…

李舜臣やこの慶長の役を巡って様々な思惑が絡んでいる。

五年前に屈辱的な敗退を喫した藤堂高虎と来島通総は、一方は李舜臣の暗殺を画策し、一方は李舜臣の虎の子の船を沈めることを画策する。

戦争の早期終結を望む小西行長は、李舜臣を守るためのあらゆる手段を講じ、加藤清正は裏切り者の沙也可を討ち取ることに執念を燃やし、黒田如水には別の使命がある。

さらに、李氏朝鮮の王宮では民衆に人気のある李舜臣を蹴落すための画策がなされる。

こうしたそれぞれの思惑を実行する忍び同士の戦いがこの小説の読みどころであろう。忍びと書いたが、忍者というよりは異能の戦士どうしの戦いといった方がいいのかもしれない。

顔を自由自在に変えられ、相手の心を操ることが出来る蠍眼を持つ盾津銃一郎とその一統。これに対抗するのは、盾津銃一郎とは浅からぬ間柄の忍羽部翔一郎とその一統。別働では来島通総配下の海のくの一が活躍する。

このように日本側の戦士だけでなく、朝鮮側でも日本側朝鮮側に分かれて戦いが繰り広げられる。

度々本書の中でも登場するが、日本軍側で朝鮮側に寝返る将が結構いたらしい。その代表として本書で登場するのが、加藤清正配下だった阿蘇宮越後守冴香、朝鮮に寝返って沙也可または金忠善と名乗る武将である。

この沙也可は実在した人物である。

司馬遼太郎の「街道をゆく2」で詳しく触れられているので、一読されるといいかもしれない。

前半部分であきれるのが、朝鮮の宮廷内の様子。以下の部分を読むだけでも呆れかえってしまう。

「日本軍の侵攻を受け国家存亡の危機にあるというのに、驚くなかれ、派閥をつくって抗争をつづけている。現実を直視しようとせず、机上の空論で軍事をもてあそぶ。日本軍の大規模な再征を前にして、国防の要である水軍の総指揮官を交替させるという信じられない人事の裏には、こちらの考えもおよばぬ複雑怪奇で愚劣な事情があるにちがいない」

そして同様に厳しく書かれているのが、両班である。

両班は賤民を、男なら牛馬以下、女は愛玩動物程度にしか見ず、自分たちだけが人間だと思い、あとは奴隷だと思っている。

そして、日本人が攻めてくると武器を捨てて真っ先に逃げ出す。義兵として名をはせても、それは官職に就けなかった両班が、中央に自分を認めさせる良い機会とばかりにつくりあげたもので、実際に戦っているのは農民や賤民ばかり。

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内容/あらすじ/ネタバレ

慶長二年、豊臣秀吉は朝鮮への再出兵を号令した。慶長の役の始まりである。迎え撃つ朝鮮水軍には、名将李舜臣の姿はなかった…

…一五九七年、七月十八日。李舜臣は悪夢にうなされていた。

四月一日に出獄した李舜臣は、追立てられるように漢城を出発していた。白衣従軍である。白衣従軍とは軍律に触れた将師の階級を剥奪して一兵卒に降格させ、白衣を着せて前線に送り込む制度である。戦功を立てれば元の地位に復帰できた。その李舜臣の身の回りの世話をするのは柚姫である。権慄が付けてくれたのだ。

この李舜臣の元に戦況が届いた。あろうことか朝鮮水軍が全滅したという。水軍の壊滅は国家の滅亡を意味していた。

李舜臣は朝鮮水軍の実態を知るために出発した。

…同じ頃、小西行長は深刻な事態を感じていた。それはこの度の海戦で勝ちすぎたことである。このままでは戦線は拡大し、戦争は長引くだろう。そのことを憂慮していた。

一方、漢城では尹斗壽らが、やがてもたらされるはずの海軍の勝利の報を待てず大宴会を繰り広げていた。

…纐纈飛騨守は盾津銃一郎から朝鮮水軍に残っている船は十三隻だということを聞いた。大型戦船の板屋根船が十二隻、亀船が一隻である。

この報告をもとに纐纈飛騨守は主・藤堂高虎を訪ねた。すると、驚いたことに高虎はまだ十三隻残っているのかという。有能な将がいればまだ挽回できる数字と考えているのだ。高虎の頭には李舜臣の顔があった。

来島通総は亀船が一隻残っていることに不安を覚えていた。あえは海の化け物である。たった一匹でも残っていては安心できない。

…李舜臣は十三隻の船を見て言葉が出なかった。いや思考が停止したといってよいだろう。それだけの惨状であった。しかも、この十三隻は日本軍と戦いもせず逃亡した船であるという。

士気の上がらない兵士の数は日増しに減り、ほぼ半減しているという有様である。

…小西行長は朝鮮水軍に十三隻の船が残っていることに安堵の表情を浮かべた。あとは、李舜臣が朝鮮水軍の総指揮官に戻るまでの時間を稼いでやればいい。それが行長に出来ることであった。

行長は開かれた軍議の席で、これ以上の海戦を主張しなかった。これが受け入れられ、行長の思惑通りに進む。

この軍議のあと、来島通総はお蛟を呼び、残っている亀船の爆破を命ずる。お蛟は海の忍びである。同じ頃、藤堂高虎は盾津銃一郎を呼び、李舜臣の首を挙げてこいと命じた。

…おくれて朝鮮水軍の壊滅の報が届いた漢城では王の顔が白くなるほどの混乱が生じていた。ここで再び李舜臣に朝鮮水軍を任せるか。だがそれは李舜臣を嫌いぬく王にとっては苦渋の選択である。だが、ここにきて私情を挟んでいる場合ではない。王はようやく李舜臣の再起用に踏み込んだ。

一方、小西行長は李舜臣が盾津銃一郎らに狙われていることを察知し、配下の忍羽部翔一郎らに李舜臣を守るように命ずる。

さらに、漢城では李舜臣を陥れる画策がされていた。十三隻に減った朝鮮水軍を廃止するというのだ。水軍をなくせば李舜臣の活躍の場がなくなる。

李舜臣を巡り、暗殺者と、それを守るものとの熾烈な攻防が始まる…

本書について

荒山徹
高麗秘帖 朝鮮出兵異聞 李舜臣将軍を暗殺せよ
祥伝社文庫 約六二五頁

目次

第一章 暁の凶報
第二章 アゴスティーニュの裏切り
第三章 謀略大名藤堂高虎
第四章 閑山島軍議
第五章 漢城、震撼す
第六章 暗殺者、西へ
第七章 決行前夜
第八章 襲撃
第九章 セミナリオの戦士
第十章 殺戮の順天
第十一章 月光のアラベスク
第十二章 亀船爆破指令
第十三章 我になお戦船十二あり
第十四章 ウルドルモクに撃滅せよ
終章

登場人物

(日本関係)
小西行長…肥後宇土二十四万石のキリシタン大名
内藤如安…行長の腹心
忍羽部翔一郎…行長配下の忍び
白鳥真備…行長配下の忍び
御厨左門…行長配下の忍び
要時羅…行長の密使
藤堂高虎…伊予宇和島七万石の大名
纐纈飛騨守…高虎の謀臣
盾津銃一郎…高虎配下の忍び
影近右京…高虎配下の忍び
猫目典膳…高虎配下の忍び
綾月六郎太…高虎配下の忍び
御蔵兵庫…藤堂家家臣
霞…朝鮮に仇をなす女
来島通総…伊予来島一万四千石の大名
お蛟…海のくの一
珊瑚…お蛟の配下
加藤清正…肥後熊本十九万石の大名
宇喜多秀家…備前岡山四十七万石の大名
加藤嘉明…伊予松前六万石の大名
脇坂安治…淡路洲本三万石の大名
波多親…文禄の役で改易、浪人
(朝鮮関係)
李舜臣…朝鮮水軍の総指揮官
安衛…李舜臣の部下
趙継宗…李舜臣の部下
権慄…朝鮮水軍の最高司令官
李ヨン…李氏朝鮮第十四代王
柳成龍…首相
鄭琢…老臣
尹斗壽…柳成龍の政敵
柚姫…李舜臣の身の回りを世話する女性
沙也可…朝鮮側に寝返った降倭将
(明)
楊元…南原城防衛軍の最高指揮官

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