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田中芳樹「纐纈城綺譚」の感想とあらすじは?

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「後記」で語られていますが、作者は高校時代に読んだ「宇治拾遺物語」の中に、「慈覚大師、纐纈城に入り給ふ事」という作品が心に残り、慈覚大師(円仁)が脱出したあとの纐纈城はどうなったのかが気になっていたようです。

慈覚大師円仁が開山、再興したと伝えられる寺は、関東に209寺、東北に331寺余あるとされる。有名なのが、瀧泉寺(目黒不動)、山形市の立石寺、松島の瑞巌寺、平泉中尊寺、浅草の浅草寺

その後、国枝史郎の「神州纐纈城」を読んだものの、纐纈城のその後については語られておらず、しかたなく自分で書くことにしたのが本書だそうでs。

人の血で布を染めぬいたのを纐纈巾と呼びます。それを作って、売りさばいているのが纐纈城。この纐纈城を滅ぼすために辛讜(しんとう)らが活躍する伝奇時代小説です。

本書で登場する、宣宗皇帝や円仁法師はもちろんのこと、李績、辛讜、李延枢、王式、徐珍らは実在の人物です。

また、本書の舞台となる時代は、すでに斜陽の帝国となっている唐です。

この物語の後、八五九年の裘甫の乱、八六八年の龐勛の乱などが起き、八七四年ごろから黄巣の乱が起きます。

黄巣の乱は全国に広がり、長安を陥として一時的に占拠するものの自滅に近い形で長安を去ります。

黄巣の部下だった朱温が黄巣を裏切り、唐に味方して朱全忠と名乗ります。この頃には唐の支配地域は首都長安の周辺のみとなっています。

この朱全忠が結局の所唐を滅ぼすのですが、朱全忠の勢力も河南を中心に華北の半分を占めるに過ぎず、中国を再統一する力をもたなかったため、中国は五代十国の分裂時代に入ります。

斜陽の時代においては政治が乱れ、社会風紀も乱れます。中央での政治の乱れは、地方での政治の乱れを生み、やがては不正などが各地で跋扈することになります。不正が当たり前になれば、風紀が乱れるのは時間の問題です。

風紀が乱れると、魑魅魍魎が蠢き始めます。本書の舞台となる時代はまさにそうした時代でした。伝奇小説の舞台としてふさわしい時代なのです。

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内容/あらすじ/ネタバレ

大中元年(八四七年)九月。長安の街に二人の旅人がいた。一人は二十代後半の男で科挙の受験生のようだ。姓を李、名は延枢という。

もう一人は身長六尺を越える委丈夫で三十歳前後とみられる。姓を辛、名を讜(とう)といった。この二人に、目つきの悪い驢がくっついていた。

二人は長安の服屋にいった。そこで暗赤色の布を見つけた。人の血で染めぬいた布だ。店の男は逃げた。追う辛讜の前に別の若者が立ちはだかった。

若者は無腰で逃げる店者を追うのが不審だったようで、辛讜と交えてしまったのだ。が、若者に店の者が持っていた赤い布が、人の血で染めぬかれた纐纈巾だと話すと、眉をひそめた。

二人は李績と名乗る若者に連れられて飲み屋に入った。そこで辛讜はこれまでの経緯を話した。

辛讜は揚州にいたとき、円仁という日本からやってきた僧と知り合い、その円仁から奇怪な話を聞いたのだ。

その円仁が道に迷って入り込んだ所には、多くの人が押し込められ、生きながらにして血を絞る恐ろしい城ということがわかった。纐纈城というそうだ。

辛くも逃げ切った円仁が辛讜に手紙で知らせたというのだ。辛讜は長安で血染めの布をみて、この話が事実であることを確信した。李績も手伝わせて欲しいと申し出た。

大東帝国第十六代の天子宣宗皇帝は三十八歳だった。幼い頃は宦官どもにぼんくらとみられており、先帝が亡くなった時の宦官どもの談合により皇帝となった人物だ。だが、彼はぼんくらどころか有能な人物だった。ぼんくらを装ってきていたのだ。

宣宗皇帝の前に一人の廷臣が控えていた。昔からの友人で王式という。

王式は宣宗皇帝の弟君からの情報として纐纈城の存在を報告した。この報告の後、王式は李績と会った。李績は王式に年内に纐纈城を始末すると約束してしまう。

李績は宣宗皇帝の弟であるが、いつも王式に上手くやられてしまっていた。今回もそうだ。

纐纈城では宣宗皇帝を殺せとの命が下されていた。宣宗皇帝を殺せば、騒乱が起きる。さすれば、纐纈城にとって好ましい状況になるからだ。

王式の提案で西市に行くことになった。纐纈巾が売られている証拠があるようだ。西市の人工湖にでると、いかにもという舟がきた。

その舟から一人の少年が箱を持って逃げだそうとしていた。王式が潜り込ませていた者だ。姓を徐、名を珍という。

その頃、宣宗皇帝は興慶宮に行くことにした。だが、途中で賊に襲われた。謀られたのだ。宣宗皇帝は纐纈城のことで呼び出されていた。そこで襲撃された。どうやら内通者がいるらしい。

徐珍が奪った箱に入っていたのは異国の字で書かれた文書だった。これを読み解くために王式は宗緑雲という女性を呼んでいた。彼女はペルシア語などを理解する。この宗緑雲と李績は過去に因縁がある。

三日がかりで宗緑雲が漢語に訳し終えた。捜査が一挙に進展した。纐纈巾の購入者達の氏名と住所が明らかになったからだ。

十月に入って、李績、辛讜、李延枢、宗緑雲、徐珍の五人は長安を出て東へ向かっていた。前には長安有数の富豪が逃げるようにして進んでいた。

この富豪は纐纈巾を購入した人物の一人だ。彼を泳がすことによって、纐纈城の在処を知ろうという作戦だ。果たして、この富豪を襲う輩が出現した。

そして、纐纈城の場所を知ることが出来た一行は纐纈城に忍び込むことにした…。

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本書について

田中芳樹
纐纈城綺譚
朝日ソノラマ文庫ネクスト 約二三五頁
中国の唐時代

目次

第一章 秋風ノ巻
第二章 幻戯ノ巻
第三章 高楼ノ巻
第四章 残月ノ巻
第五章 白霧ノ巻
第六章 断影ノ巻
余章

登場人物

辛隶怐iしんとう)
李延枢
驢(ロバ)
李績
徐珍
宗緑雲
王式
宣宗皇帝…唐十六代目皇帝
張泰
円仁…日本人僧