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北方謙三の「絶海にあらず」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

藤原純友を主人公とした小説です。藤原純友については、古くは伊予の土豪という考えがあったそうですが、今では藤原北家の傍流というのが共通認識になっています。

それを踏まえて、本書では次のように書かれています。

『四代前の冬嗣は、この観学院の創始者である。曾祖父の長良には二人の妻がいて、片方の妻が生んだ系統からは、高官が輩出している。もう片方は、そこそこの家柄と思われていた。純友の祖父は、そこそこの家柄の祖ということだった。』

そして、父は太宰少弐だったという設定にしています。

藤原純友というと、同じ時期に東国で平将門平貞盛の争いがあり、これが発展してやがて朝廷に対する反乱にまでなるのですが、この反乱に呼応する形で西国の海で反乱を起こした人物という見方がされてきた側面がありました。

これについては伝承もあります。藤原純友と平将門が比叡山で反乱を約束したというものです。

ですが、本書ではその立場をとっていません。そもそもそれを想定している小説ではなく、もっと別の視点から藤原純友をとらえています。

それは古来「海の道」が普通の民にもたらしてきたものと、「海の道」を規制しようとする権力者との思惑の違いです。

『もともとあるべき海の民の暮らしが、そのまま営まれればいい、と思うだけだ。人は、土の上で生を受け、やがて死んで土に還る。だから、土の上ではいろいろあるだろう。そういうものを海の上まで持ち込んではならないのだと思う。海の上で、人は解き放たれるべきだ。ただ、いきなりそうしようとすると、必ず土の上から邪魔が入る。』

先に述べましたが、本書では藤原純友と平将門の呼応説を採っていません。

『「坂東で起きている争乱は、陸だけの闘いです。呼応するということは?」
「できんな。あれは同族の間の争いで、どちらが正しいか、京に訴えて判断して貰おうとしている。どう動くかはわからんが、もともとわれらがやろうとしていることとは、別のものだ。」』

その「別のもの」とは、

それは、『かつてそうであった通りの海。荷を運び、その日の糧のために魚を獲る海。あたり前の海の姿を蘇らせること。』です。

いわば自由な海を取り戻すということです。

題名の「絶海にあらず」とはそうした意味ではないでしょうか。

「絶海」とは極めて遠い海を指します。通常、距離的な遠さを指しますが、本書の題名は距離的なものではありません。

それは、海が権力者のものとなり、一般大衆の手の届かないほどに遠いものという権力構造上の遠さを指しているような気がします。それが、「あらず」なのだとすると…。

海洋貿易は古来から陸上貿易に比べ一度に大きな利益を運んできました。そこに目をつければ、海を制することによって、その大きな利益を手にすることができます。

特に日本の場合、中国・朝鮮からの物資は西から瀬戸内海を通って京へ運ばれてきました。この通り道である瀬戸内海を抑えてしまえば、莫大な利益を懐に入れることができます。

左大臣・藤原忠平が行おうとしたのはそうしたことでした。莫大な富を手に入れ、それを使うことで全国を支配するのです。

そして、地方を疲弊させることで更に中央に力を集中しようとしました。その過程で地方の不満がたまり、暴発することも織り込み済みでした。

これは権力者の考えです。そして、その考えに純友はどうしようもない反発を覚えたのです。

本書で描かれる藤原純友は、西国の海運を担っている水師達の代弁者です。己ひとりの権力のために反逆を企てた人物の姿ではありません。

本書でたびたび書かれることですが、水師達は海運が正常に働いていれば、海賊行為などせずに済んだのです。

生かさず殺さずの生活は、水師達を海賊に追い込みました。海賊は朝廷の政策が生み出した負の部分であり、己の手によって生み出したものであるのです。

承平天慶の乱を扱った小説

平将門

海音寺潮五郎の「平将門」を読んだ感想とあらすじ(面白い!)

平将門の乱は、藤原純友の反乱と合わせて「承平天慶の乱」と称される。平将門の乱は、藤原純友の反乱の時期的に近く、伝説として平将門と藤原純友が比叡山で共同謀議して起こしたものだと言われてきている。真実は不明だが、本書は共同謀議説を採用していない。

海と風と虹と

海音寺潮五郎の「海と風と虹と」を読んだ感想とあらすじ
藤原純友の反乱は、平将門の乱と合わせて「承平天慶の乱」と称される。これに関しては、海音寺潮五郎はすでに「平将門」を記している。だから、本書は「平将門」の姉妹篇といって良いものである。ただし、「平将門」を記してから十年以上の月日が流れてから本書を書いているため、その間に生まれた新たな学説も取り入れ、一部設定を変えている。
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内容/あらすじ/ネタバレ

藤原純友は観学院の別曹の一室にいた。観学院は藤原氏のための大学である。

風が強くなってきた。雨も出てきている。

都の水は十日も引かなかった。この時に、小野好古と平直文と出会った。何百、何千もの死者が出た。

井戸の水はまだ濁っている。遠藤守保は衛士で比叡山のふもとにいるが、しばしば市中の純友のところに来る。遠藤は坂東からやってきていた。

小野好古が音橋と名乗る男を連れてやってきた。音橋の身分は高そうだった。二人は、開建坊の菖蒲小路あたりに盗賊が出るので、打ち懲らしてもらいたいと言った。殺さぬ程度に懲らしめろというのだ。

純友はこの話を遠藤守保にして、手を借りることにした。

秋。純友は遠藤守保について坂東に向かった。守保の賦役が免除されたのだ。純友は京とは違うところを見てみたかった。

坂東には源の流れと平の流れがある。そして、遠藤のような源や平に比べると小さなものがいくつかある。みな、祖は都から来て、住みついたものだ。

守保の父は守村といった。

守保は不二丸という若者を純友につけた。不二丸との旅の中で、平将門と出会い、空也という僧に出会った。

小野好古は左大臣・藤原忠平の弟・良平の私邸に向かった。好古は忠平の信任が厚いが、ほんとうは便利に使える男にすぎない。それもこれもわかりながら、好古は忠実な狗として働くことを肯んじていた。

良平の次男のことである。藤原純友に打ちのめされ、しばらくは大人しくなったが、それがまた人を斬り始めた。忠平から看過できないと言ってきた。処断せよということだった。

平直文が純友の新しい友となった。直文は平貞盛の一族で、貞盛の下にいる。

その貞盛が直文を訪ねてきて、物部行村を預けて行った。行村は伊予から賦役で送られてきた。些細なことで喧嘩をはじめる。口はたつが、腕は立たない。伊予を馬鹿にするものに突っかかっていく。

琵琶湖に魚取りに出かけた。このとき、難儀をしていた左大臣・忠平一行を助けた。そこに音橋と名乗った老人もいた。忠平の弟・良平のことだった。

なぜか伊予掾に任じられた。地方官としては守、介に次ぐ第三位だ。純友は弟の純素と惣太を連れて伊予に向かった。

改めてなぜ自分が伊予掾に任じられたのかを考えた。やはり、琵琶湖で忠平・良平の兄弟にあったからなのだろうか…。

讃岐から伊予につくまでは歩いていくことにした。そこで雪童子に出会い、伊予では越智一族の力が強いことを教わった。雪童子は風岩の一族だった。

国衙で出迎えたのは越智少三だった。越智一族だろう。京からやってくるものは、数年で戻る。そのたびにやり方を変えていては混乱するだけである。

純友は猿鬼という囚人を従者にした。そして、風早郡あたりまで出かけていくことにした。風早郡には物部行村の一族もいるという。そこも訪ねてみるつもりだった。

宮崎では小部長久・長景父子に会った。長景は行村の兄貴分だった。風月の十郎にも会った。風岩の親戚一族だ。そして、物部行村の父・行高にも会った。明田左近の娘・小夜とも出会った。

この旅で分かったのは、越智一族の力が伊予全土に及んでいるということだった。純素は越智一族の力を借りないと伊予をよく知ることができないと言ったが、それは越智一族が知らせたい伊予である。それ以外の伊予もあるはずだった。

二度、猿鬼をつれて宮崎に出かけた。小部長景は丸一日を使って櫓の使い方を教えてくれた。

長景は荷を積んだ船が通るには、越智郡司の許可が必要だと言った。

長景と話している内に、不意に見えてきたものがあった。利を得ているのは、朝廷で力を持っている藤原北家の一部では、つまりは藤原忠平ではないか。

長景は宮崎安清という腕の立つ水師を紹介した。

京の清涼殿に落雷があった。死人まで出て、体調の悪かった醍醐帝の譲位の噂もある。

郡司の越智安材が純友にあいさつに来た。この男ではない。純友とは思った。越智の郡司ではあっても、伊予を支配しているのは、この男ではない。

安材は父・安連と会っていた。宇和郡あたりの水師にはだいぶ不満がたまっていることも報告した。

京への物流の制限は、唐物の値を下げないためであった。それが藤原北家のやり方だった。すべては藤原忠平なのだ。前の時平が政治の頂点にいた時は、船の航行量など規制をかけなかった。唐物を扱う船だけが数が決まっていた。

安連は新しい伊予掾に良い予感と悪い予感の同時を覚えていた。伊予は古来から越智一族が支配している。京が望むことはそこそこ聞いてやる。それがやり方でこれからも変わることはない。だが、今度の伊予掾は…。

小さな島にいる時だった。船影が近づいてきた。

筑前鳥旗の水師で小野氏彦と名乗った。氏彦の言ったことは、純友が伊予に来て少しずつ見えてきたことだった。民が腹を減らすことで、誰かが儲けている。

今度、氏彦にかわるものが来たら、九州の船を通してやるつもりでいる。活発に物が動いて、誰もが儲かる方がいいに決まっていた。

このことを安材に純友は語った。そして、伊予掾の掌で踊れる海賊はいた方がいい、京にはなかなか手ごわいと報告される海賊がいた方が良かった。安材は何も言わず純友を見つめていた。

安連は安材の報告を聞いた。越智一族は、いま藤原北家のおこぼれに預かっているというにすぎない。それも水師の恨みを買いながらだ。

藤原純友というおかしな男が現れた。純友はいるはずのない海賊を相手に追討令を実行するという。その間、船は通る。やがて海賊を討伐し、船の制限が始まる。これを繰り返す。繰り返すことで、伊予沖を通る船は飛躍的に増える。京で海賊の討伐軍を集め始めたら、海賊はいなくなるという仕組みである。

ようは、唐物をこれまで以上に動かさなければいいだけの話だ。大宰府の船さえしっかり制限していれば、藤原北家の危機感はそれほど募らないはずだ。

表に立つのは伊予掾だ。越智一族は表に出てはならなかった。

純友は明田左近の娘・佐世を妻にした。そして、越智安連と会った。

京から相変わらず、伊予沖の運航量の制限を言ってきている。二月も終わりになると、少しずつ伊予沖の通航量を増やし、自分の船も加えた。京には再び海賊が出没しはじめたと報告した。多くの水師が純友を訪ねてきた。

唐物を積んだ船が四艘に追われている。純友ははじめて本物の海賊を相手にした。

捕えた海賊を連れ、京へ向かった。その途中で、捕囚の何人かと話した。船さえ自由に使えれば海賊などやりはしないのだ。

京に戻って、純友は追捕海賊使に任じられた。伊予掾はそのままだ。伊予に戻ると、早速組織を作り始めた。

純友は九州に行くつもりでいたが、それを延期していた。その前に伊予西部を見ようと思った。宇和郡司は越智郡司の配下というわけではない。そこで大佐田二郎に会った。

弟・純素が伊予東への旅の途中で吉乃という女に出会った。

新羅水軍の残党が関門海峡を越えて瀬戸の内海に入っているという情報が届いた。ここで捕えておけば、大宰府にも貸しを作ることができる。

息子が生まれた。重太丸と名付けた。

東から来たと思われる海賊がいる。小部長景からの報告だ。この船に遠藤不二丸が乗っていた。坂東の一族のほとんどが斬られたという。坂東では大豪族が小豪族を飲み込もうとしていた。遠藤一族は誅滅されたのだった。

年が明けてすぐに藤原純友は追捕海賊使を解かれた。部下は、解散したことになった。その中、小野好古が西国の任を帯びた旅の帰りに伊予の純友を訪ねた。

好古は安連とも会った。安連は好古とあって感じたことがあった。純友の任は解かれるだろうが、純友の力は衰えないだろう。純友は自分が思う以上の力を内海や九州に築き上げている。

これ以上、純友に勝手にさせてはならない。一族を挙げての戦まで念頭に入れておく必要があった。

新羅船の実態がつかめてきた。朝鮮では高麗の力が強く、新羅船は帰るところがないのだ。その新羅船を大宰府のある部分が雇った格好になっていた。それは藤原忠平の意思だった。

純友が伊予掾の任を解かれた。一度京に戻ることになった。

忠平から呼ばれた。私邸にだ。忠平は、正しいことの範囲が狭い。反対に純友は野放図なほどに広い。いろいろな正しさがあるのだ。その正しさと正しさが対立するのが人の世なのだ。

純友は自らの任官を断ったが、かわりに弟・純素に任官が下された。忠平は純友の希望を容れてくれたのだ。

越智安連は純友がいなくなってからの伊予を見据えていた。水師のほとんどが純友になびいている。

純友の前に徳丸がいる。徳丸は商人だ。純友は徳丸に自分の船の荷を一手に引き受けさせた。

伊予に戻った純友に安清が言った。海賊を防ぐために、純友が海賊をやればいい。そして、十艘の海賊船団で、船を沈めて唐物のすべてを止めてしまえばいいと。

越智安連の策略にはまり、物部一族のほとんどが殺された。行村は瀕死の状況ですくいだされた。

藤原忠平はすべての力を京に集めようとしている。その執念は相当なものだ。それに対する反発が抑えきれないほど大きくなっている。

純友にとっては、はじめての海賊だ。ものは奪わない。海を奪う、とでもいうのだろうか。

京の物価を混乱させる。それによって海の道のなんたるかを、忠平に教えるしかない。

大宰府の船も簡単に沈めた。

新たに選ばれた追捕海賊使の名を聞き、小野好古は首をかしげた。

その追捕海賊使の船団は、いとも簡単に海賊に蹴散らされた。良平は好古を呼んで、これは予想通りだと言った。さざなみを立たせるために、追捕海賊使を派遣したのだ。そのさざなみの中で見えてくるものがあるはずだった。

好古は純友を訪ねた。純友が伊予掾をはずれたら、急に海賊が増えたからだ。

坂東で、大きな戦が起きた。京では私闘として扱うはずだ。

忠平にとって切迫した事態になったのは、唐物が止まったことである。唐物を積み、大宰府水軍に守られた五艘のすべてがあっさりと奪われたのだ。

大宰府水軍の強化が必要だ。良平自ら大宰府に行かざるを得なかった。

初夏になって、不穏な空気が漂い始めた。伊予、讃岐をはじめとした水師たちが西へ向かい始めたのだ。船は二千艘に達しているという。

噂は早い。西国の水師が京へ押し寄せてくるということが囁かれ始めた。

坂東では同族同士とはいえ戦が続いている。東西で燃え盛っている。宮中では毎日のように会議が開かれた。

六月になると、京に入るすべての物資が止まった。

すぐに純友に宣旨が下った。

純友は水師たちに会い、それぞれの地に戻って水師の仕事をしろと言った。京の商人も今なら荷を受け入れる。それに伊予沖の通航を保証すると約束した。

純友は、忠平に、海には手が出せぬ、出すべきでもないことをわからせるつもりだった。

小部長景はいよいよ戦かと思った。これまでのような隠密な戦いではない。権力にぶつかる戦がはじまるのだ。

純友は佐世と重太丸を岳父の明田左近のところに帰していた。

本書について

北方謙三
絶海にあらず
中公文庫

目次

第一章 流水
第二章 風浪
第三章 任地
第四章 潮流の底
第五章 水魁
第六章 海鳴りの日
第七章 ただ常なる日々
第八章 遥かなる波濤
第九章 海霧
第十章 都の風
第十一章 水鳥の巣
第十二章 さざなみ
第十三章 無窮
第十四章 風の声
第十五章 われ巨海にあり
終章 海の蝶

登場人物

藤原純友
藤原純素…弟
惣太
猿鬼
宮崎安清

藤原忠平…左大臣
藤原良平…忠平の弟
小野好古
遠藤守保
遠藤不二丸
遠藤守村…守保の父

平直文
平将門
平貞盛
物部行村

空也
雪童子
越智安連
越智安材
越智少三
別宮豊明
小部長久…長景の父
小部長景
風月の十郎
物部行高…行村の父
明田左近
佐世
重太丸

小野氏彦
小野氏寛
丹奈重明
大佐田二郎
吉乃