風野真知雄の「耳袋秘帖 第9巻 人形町夕暮殺人事件」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

シリーズ第九弾。今回は根岸肥前守鎮衛がおかしい。体調の悪さから普段のキレが全くなく、なにやらぼんやりしている。一体どうしたというのか?

そんな中、不可解な殺人が三件起きる。それぞれが密接に絡んでいるようにしか見えないもので、事件の複雑さが読取れる。

だが、いつもなら素晴らしいキレを見せる根岸の指示もどことなくたよりない。そうした根岸の姿を見て、栗田や坂巻、それに友人の五郎蔵らが必死になって真相を追う。

いつも「耳袋」からいくつかの話しを紹介するのがこのシリーズの特徴である。今回は「番町にて奇物に逢うこと」を紹介している。興味のある人は原文をあたることをオススメする。

表題にもなっている人形町。

だが、江戸時代には人形町通りという呼び名はあったが、人形町という町名はなかったそうだ。昭和八年に新和泉町、住吉町、堺町、蛎殻町などを合わせて日本橋人形町一丁目から三丁目までがつくられた。

さて、今回登場人物達の新たな側面が見える。

坂巻は端正な顔からは想像できないほど字が上手くない。一方で、栗田は達筆で、字を見せるたびに顔に似合わないといわれる。

また、根岸は着物にほとんどこだわらない。できれば一年中浴衣で過ごしたいくらいだが、五郎蔵はオシャレである。

こうした新たな側面とともに、これからシリーズの中で活躍しそうな人物が顔を覗かせた。

まずは、岡っ引き辰五郎の義母・しめ。通常女性には「お」をつけるのだが、しめの場合、「お」をつけるわけにはいかない。

このしめが、下っ引きになるのだ。この経緯については本書で確認頂きたい。

そしてもう一人。つばくろ屋のお登勢。すっとんきょうなところがある人物で、根岸にこう言い放つ。

『「うむ。なにかあると匂うが、はっきりせぬ。頭がちと、ぼんやりしている。お登勢、わしも夕暮かな」
「根岸さまは、半分、暗闇でしょ」
お登勢がそう言うと、まわりの者は唖然として、目や表情でいっせいにたしなめた。』

最後に。心太イコール酢醤油と思われている方には意外かもしれないが、江戸では心太(ところてん)は酢醤油よりも砂糖がかかった甘いものが多かったそうだ。

内容/あらすじ/ネタバレ

南町奉行根岸肥前守鎮衛は先程の話しを振り返ってみようとしたが、頭がひどくぼんやりしている。

同心の栗田次郎左衛門が日本橋北の人形町通りで起きた殺しについて報告したのだが、それがもうぼやけている。

一体どうしたというのか…。

栗田が報告したのは前日から今日にかけて起きた二つの殺しについてである。

前日に殺されたのは人形屋の清兵衛。胸の真ん中に太い鉄の杭を打ち込まれて殺されていた。死体のそばには小さな人形が落ちていた。

人形というよりは素朴なひとがたのようである。このひとがたの首に赤い紐が巻かれている。

翌日。三光稲荷で若い娘が死んでいた。そばにはギヤマンの瓶が落ちており、中身が毒だとすると、自分で飲んだことになるので殺されたのではないかもしれない。

だが、この死体のそばにもひとがたがあった。このひとがたの胸の真ん中に五寸釘が刺さっている。

娘の名はおかつといった。

さらにもう一つ異変が起きた。二つの事件がどうもおかしなことになりそうなので、坂巻弥三郎が援軍として加わることになった。

へっつい河岸に怪しい舟が止めっぱなしになっているというのだ。舟には誰もいなかったが、ひとがたが出てきた。顔に赤い絵の具がついている。鼻のあたりからもわもわという感じで胸の辺りまで煙のように描かれている。

ひとがたは三つ。首に紐が巻かれたもの、胸に五寸釘の刺さったもの、毒にやられたとおぼしきもの。これで死体が出たら、殺しの三すくみとなりそうだ…。

そして果たして死体が見つかった。

先月の待つ頃から根岸は不可解な体調の悪さに襲われている。夜中にうなされ、夢で目が覚める。

そして愛猫のお鈴の姿も見えなくなっていた。

坂巻は根岸が体調を悪くした頃に、根岸の伴をして、怪しげな女を見たという。その時に女と視線を合わせた根岸が苦しげな奇妙な表情をしたという。以来調子が悪い。もしかしたらあの女は妖だったのではないか…。

おかつは気性の激しい娘だったという。男とうまくいかなくなると、男を凄く恨むのだそうだ。藁人形に五寸釘を打ち込むようなことまでしていたらしい。

栗田と坂巻は、例の怪しげな女を見たという場所に行ってみた。そこで何かわかるかもしれない。

すると近くの空き家とおぼしき家からぞろぞろと人が出てきて大立ち回りとなってしまう。隠れていたのは巣ごもり矢之吉だったことが後で判明した。

佃島の裏に遺体が出た。遺体には太めの赤い組紐がまかれていた。煙草入れがあり、煙管に名が刻まれていた。男は両吉という人形師らしい。

これで三すくみの輪が結ばれてしまった。

栗田は殺された両吉を調べ、坂巻はおかつを調べることにした。

栗田は幼馴染みの又吉に久しぶりに会った。又吉は長崎に学問をしに行っていた。

その又吉が惚れ薬を栗田に渡した。栗田はこれを坂巻に渡してやった。坂巻がもてないのを友として気にしていたのだ。

だが、この惚れ薬を雪乃が間違って飲んでしまった…。

坂巻は栗田から渡された惚れ薬を半信半疑で飲んだ。だが、身体に何の変化もない。そのまま人形町通りに向かった。

そこで見た女は異様な美しさだった。

そして坂巻は気がついたことがあった。もしかして、惚れ薬は自分が飲むのではなく、相手に飲ませる物なのでは…。

五郎蔵が根岸の見舞いにやってきた。

その五郎蔵がひとがたを見てみたいと言い出した。ひとがたは茅場町の堀の脇にある大番屋にある。

この大番屋でひとがたが人のみている前で動いた…。

元老中の松平定信が何の連絡もなく根岸の見舞いにやってきた。

太田道灌の子孫というのが屋敷を訪ねてきたという。そして千代田の城はうちのものだから、せめて門番の頭くらいでもいいから雇ってくれといいだした。

五郎蔵は力丸を連れて蒲生君平を訪ねた。後に寛政の三奇人の一人として有名となる人物だ。

これにひとがたの話を聞こうというのだ。

ひとがたが見つかった場所は元吉原の辺りである。元吉原には古い寺社があったはずで、古い信仰ではひとがたを様々な役割で使っていたらしい。

五郎蔵と力丸は古い話に詳しい元やくざの牛蔵を訪ねた。牛蔵はこの辺りには身の丈十間(約十八メートル)のひとがたが埋まっているという噂があることを教えてくれた。

坂巻はおかつが殺された理由がわからない。なぜ人形師の両吉に殺されなければならなかったのか。

調べていくとおかつは大きなひとがたの話をしていることがわかった。

松平定信が再びやってきた。太田道灌の子孫の件である。

根岸は、ここは上杉さまにご登場頂くしかありますまい、といった。そして、体調の悪い自分に代わって松平定信にお裁きをしてもらうことにした。松平定信は大いに乗り気となった。

つばくろやのお登勢がやってきた。商いの天才で、札差と料亭と下駄屋を三つ並べてやっているが、いずれもが繁昌している。幼い頃に漁師だった父親と一緒に漁船が難破して、南の離れ小島に流された体験もしている。

それが下らない詐欺に引っかかったという。

郁蔵という男が役者とさしで飲む機会を作ってくれるというので金を払ったのだが、それが消えてしまったのだ。不思議なことに郁蔵がどのような着物を着ていたのかが思い出せないという。

この一件には坂巻弥三郎をあたらせることにした。

岡っ引きの辰五郎は女房・おつねの母・しめが来ていることを知り、少々鬱陶しかった。しめはやたらに捕物に興味があるのだ。

挙句の果て、手柄を立てたら、下っ引きにしてくれと言い出すしまつ。

五郎蔵は頭を整理していた。三すくみと思われる殺しは本当に三すくみなのか。もしかして、三角形は一つではなく、二つなのではないのか…。

そしてハタとあることに思い当たった。

根岸の体調が回復した。五郎蔵と坂巻のおかげだった。いやもう一匹、お鈴のおかげもあった。

そんな中、渋谷宮益町の岡っ引き久助が現われた。

頭の回転も復活した根岸は久助の持ち込んだ一件、そして三すくみの一件に次々に指示を与えていく。

本書について

風野真知雄
耳袋秘帖9 人形町夕暮殺人事件
だいわ文庫 約三六〇頁
江戸時代

目次

序 ひとがた
第一話 うずくまっていた女
第二話 もてもて
第三話 栄えある血族
第四話 怪しき柄
第五話 くぐつ強盗
第六話 冥途の笑顔
第七話 狐うなぎ

登場人物

根岸肥前守鎮衛…南町奉行
坂巻弥三郎…根岸家の家来
栗田次郎左衛門…根岸直属の同心
雪乃…栗田の妻
たか…根岸の亡き妻、幽霊
お鈴…根岸の愛猫、黒猫
おさだ…奥女中
力丸(新郷みか)…根岸の恋人
馬蔵(珍野ちくりん)…船宿「ちくりん」主
お紋…「ちくりん」女将
五郎蔵…海運業者の顔役
久助…幇間あがりの岡っ引き
辰五郎…栗田が手札を与えている岡っ引き
おつね…辰五郎の女房
しめ…辰五郎の義母
松平定信…元老中
清兵衛…人形屋
おかつ
両吉…人形師
新田善八…北町奉行所の隠密廻り
花谷欽八郎…北町奉行所の筆頭与力
又吉…栗田の幼馴染み
万吉…大番屋の番人
蒲生君平…寛政の三奇人
牛蔵…元やくざ
太田茂左衛門…太田道灌の子孫
お登勢…つばくろ屋
芳蔵(郁蔵)
太平
天竺天蔵…からくり小屋
桃源亭呆楽…座付き作者
亀作
鶴吉…亀作の孫
新吉…うなぎ屋
藤千代
中村海老之助
中村勘三郎

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