風野真知雄の「黒牛と妖怪」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

第17回歴史文学賞受賞作品

「黒牛と妖怪」で第17回歴史文学賞を受賞。明治初期を描いており、主要な登場人物の一人に鳥居耀蔵がいる。「蛮社の獄」などで悪名高い人物であり、当時は「妖怪」と呼ばれ畏れられた。この人物長生きで、一旦五十で失脚して四国丸亀藩にお預けの身分となるのだが、明治まで生きながらえる。

この本は、風野真知雄の作家としてのデビュー作である。後年の作品に見られる諧謔性が滲み出ている作品もあり、まさに、デビュー作にはその作家のすべてが詰まっているといわれる典型であろう。

「檻の中」のラストなどは、風野真知雄の諧謔性が充分に発揮されている。

「てめえらのいかさまは本所の勝小吉がす
べてみとおしだよ ばらされたくなくば
つぎのふだばんをよみやがれ ばかやろ
お かめの四千七百八十三」

この言葉がどのような結末を生むのか、クスリと笑いながら楽しんで欲しい。

「甚五郎のガマ」の後日談として書かれている箇所の記述が興味深かった。

黒澤明監督の「七人の侍」を見たことがある人なら思い出して欲しいのだが、志村喬演じる勘兵衛が、人質をたてに立て籠る男を雲水の恰好をして、握り飯を手に男に近づく場面がある。

これは、上泉伊勢守の逸話として実際にあるもののようである。黒澤明監督もこの逸話を知っており採用したのだろう。なぜなら、勘兵衛のモデルは上泉伊勢守だからである。

内容/あらすじ/ネタバレ

黒牛と妖怪

芝浦付近で線路敷設工事が行われている。その工事の中、線路が二本ほどなくなった。明治五年の秋に開業式が予定されていた…。

江戸の天保期に妖怪とあだ名された人物がいた。元南町奉行鳥居甲斐守耀蔵である。五十のときに失脚し、四国丸亀藩に幽囚の身となっていた。再び自由を得て、今は七十七の高齢である。耀蔵は大の蘭学嫌いである。

耀蔵の孫の嫁・お延がふと耳にしたのは陸蒸気が招待客もろともに消えてしまうという一言だった。お延は陸蒸気を見に行き、まさか、そんなことができるとは思えなかった。

見に来ている時に一人の少年と出会った。あり得ない話なので、お延は少年に自分の聞いた話をした。後日少年が再び現われて、その話は可能かもしれないという。少年の名は信吉といった。となると、どうしても企てを阻止しなくてはならないとお延は思った。

そして開業式の日がやってきた。一体どうやって陸蒸気を招待客もろともに消そうというのか、そして、どうやってそれを阻止するのか。

新兵衛の攘夷

元忍藩の下級藩士の緑川新兵衛はあることから両足を骨折して寝ていた。朦朧とした意識の中で、遠くから黒船という言葉が何度も聞こえてきた。何事かを聞くために長屋の連中の名を呼んでも誰も返事をしない。

事の次第を知ったのは、長屋の連中がいなくなった好きに空き巣に入ろうとした男からだった。外国から黒船に乗った異人が攻め込んできたというのだ。それで皆逃げてしまったのだ。

六日後、長屋の連中がぞろぞろと戻ってきた。

新兵衛の足がかたまってきた頃、幕府が黒船を撃退する方法を公募しているという話がもちあがった。最も良い案には莫大な褒賞があるという尾ひれまでついている。

新兵衛は亀し津の出した案を持って忍藩の中屋敷を訪ねた。もしかしたらこれで再仕官が叶うかもしれない。だが、眼がなさそうなのは、応対に出た用人の息子の口ぶりからも分かる。

だが、この用人の息子・青木重三郎は、新兵衛の持ってきた案は面白いという。そして是非決行しようと言うのだ。

檻の中

勝小吉が二十一歳の秋から二十四歳の冬までの間座敷に作られた檻に入れられていた。その頃の話。

無頼仲間の早川又四郎がやってきた。上島という男の話をする。その上島が斬り殺されたのだが、おかしなことをしていたのだという。しかもこの男先だって富くじで百両を当てている。だが一方で、上島は当たったのではなく、当てたのだと言っていたともいう。八百長があったというのだ。だが、そんなことが本当にできるのか。

富くじに滅法くわしい版木職人の音吉を呼び話を聞いた。すると件の霊岸寺の富くじはここ四度連続して西国出身の浪人に当たりが出ているという。偶然でもおかしいと小吉はにらんだ。

問題がある。霊岸寺の住職は小吉もよく知っており、いかさまをやる人物ではない。しかも大当たりの札は住職が引くことになっている。

だが、小吉は上島という男の死に方にそのやり方が隠されていると踏み、ついにタネをあかした。

秘伝 阿呆剣

大鷲藩の江戸藩邸では最強の剣は阿呆剣ではないかと言われている。阿呆剣を語る上では二昔ほど前にさかのぼらなければならない。先代藩主松平久継公が壮年の頃の話である。

愛妾の一人にお津の方という美女がいた。兄がいたために召し抱えられることになった。名を桜山金二郎という。与えられた仕事はごく簡単なものばかりであったが、愚痴をこぼすことなく、いつも楽しそうに黙々と仕事をこなしていた。

一年ほどして事件が起きた。屋敷に刀を抜き取った武士が飛び込んできたのだ。そして、この武士をやっつけたのが桜山金二郎だった。この時に使った剣が阿呆剣と呼ばれることになる。

月日がたち…。大鷲藩では世継ぎ争いが持ち上がっている。先代の嫡男でお津の方の息子・英三郎は信望があった。だが、現藩主の嫡男を押す一派がおり、対立が激化しようとしていた。

そうした中、英三郎に鴨下龍之介という男が警護としてつくことになった。だが、英三郎はこの鴨下に何となく嫌な気配を感じたのだ。そこで、母のお津に叔父・桜山金二郎の阿呆剣のことを聞くことにしたのだ。

甚五郎のガマ

望月竜之進は些細なことで果たし合いをすることになってしまった。ここは日光街道沿いにある栗橋の宿である。竜之進に果たし合いを申し込んだ留吉は、竜之進の書付をのぞき込んだから強気になってしまったようだ。

書付には路銀を稼ぐために竜之進が行ってきた他流試合の結果が記されている。だが、ここに記されている勝ち負けの数はあてにならないことを竜之進が一番知っていた。

果たし合いの前日、竜之進は生まれて初めての風邪を引いた。汗をびっしょりかいて目覚めると、隣の老人が声をかけてきた。そして、あっさりと勝負を捨てようとする竜之進を引き留め、うまく納まるようにするから金を出せと言う。

そして翌朝、老人が作った人形を持って果たし合いに望んだ。人形は見事な出来栄えであった。

…竜之進が江戸に戻って、この時の話をすると、友人はその老人は左甚五郎ではないかと推察した。

平手政秀は織田家の嫡男として立派に育てなければならない信長が奔放すぎる振る舞いをするのに頭が痛かった。学問に身が入らず、腰も定まらない。

そうした政秀に林通勝は、信長はまだおなごを知らないのがいけないのだと言ってきた。お濃ともまだことにいたっていないようであった。ひとつ、ここは試す価値がありそうだと政秀は思った。

政秀のたくらみは失敗に終わったが、じきにお濃と結ばれたことが分かった。これで落ち着きが出てくるかと思っていたら、その期待はたちまち失望に変わってしまった。

本書について

風野真知雄
黒牛と妖怪
新人物往来社 約二八五頁
明治時代など

目次

黒牛と妖怪
新兵衛の攘夷
檻の中
秘伝 阿呆剣
甚五郎のガマ

登場人物

黒牛と妖怪
 お延…鳥居耀蔵の孫・新太郎の嫁
 鳥居耀蔵
 鳥居新太郎…耀蔵の孫
 信吉
 勝安房守

新兵衛の攘夷
 緑川新兵衛
 源斎老人
 定次
 亀し津
 藤吉
 青木重三郎…用人の息子
 青木久左衛門…忍藩用人

檻の中
 勝小吉
 早川又四郎
 音吉…版木職人
 慈円

秘伝 阿呆剣
 桜山金二郎
 お津
 松平英三郎
 鴨下龍之介

甚五郎のガマ
 望月竜之進
 留吉
 大田源太夫
 左甚五郎


 平手政秀
 林通勝
 織田信長
 お濃
 おゆみ

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