
花園神社(はなぞのじんじゃ) は、東京都新宿区にある神社です。
古くから 新宿総鎮守として崇敬されてきました。
最寄りは、東京メトロ・都営地下鉄の新宿三丁目駅(E2出口)で徒歩1〜2分です。
新宿駅(東口)からも徒歩5〜10分程度です。
繁華街やショッピングエリアからも歩いて行けるので、観光や買い物の合間に立ち寄るのにも最適です。

繁華街やオフィス街に囲まれた環境ながら、境内に一歩入ると都会の喧噪が和らぎ、落ち着いた空間が広がっています。
ただし、ビル群に囲まれていますので、日中でも薄暗い感じがあります。

商売繁盛や縁結び、芸能関係者からの信仰も厚く、老若男女・地元の人々や観光客まで幅広い参拝者を集めています。
歴史と由緒

花園神社の正確な創建年は明らかになっていませんが、江戸時代以前、少なくとも室町時代後期の1590年前後 にはその存在が確認されています。
徳川家康が江戸開府(1603年)する前から新宿総鎮守として祀られてきたとされています。
現在の新宿一帯は、かつては武蔵国豊島郡に属する農村地帯でした。

もともと、現在より約250メートル南側(今の伊勢丹デパート付近)にありました。
江戸時代中期の 寛永年間(1624〜1644年) に幕府の命により現在の場所に移転しました。
移転地はかつての尾張藩下屋敷の庭園でした。
多くの花が咲いていたことから人々はこの地を「花園」と呼んでいました。
そのため神社も「花園稲荷」「花園神社」と呼ばれ、それが社名の由来とされています。
甲州街道沿いに設けられた宿場町・内藤新宿の発展により、花園神社は旅人や商人、町人からの信仰を集めるようになります。
また、境内では劇や見世物などの催しが行われたこともあり、地域文化を育んだ場でもありました。
真言宗豊山派愛染院の別院・三光院の住職が別当を勤めたことから「三光院稲荷」「四谷追分稲荷」とも呼ばれていました。
しかし、明治維新以降の神仏分離令によって、純粋な神社として再編されました。

一時期は単に「稲荷神社」と登録された時期もありましたが、1965年に「花園神社」になりました。
境内に芸能浅間神社が祀られたことで、俳優・演出家・音楽家など多くの芸能関係者から信仰を集め、「芸能の神社」としての側面も強まっていきます。
毎年11月に行われる酉の市は全国的にも有名で、商売繁盛を願う人々で境内は大いに賑わいます。
主祭神とご利益
花園神社では以下の神々が祀られています:
倉稲魂神(うかのみたまのかみ):穀物・農業・食物・商売繁盛の神
日本武尊(やまとたけるのみこと):武勇・開拓の象徴
受持神:食物・生活を支える神
これらの神々は、 商売繁盛・開運招福・家内安全・縁結び などのご利益があるとされ、多くの参拝者が訪れます。
境内案内
境内入口と鳥居
花園神社の境内は、靖国通りから少し入った場所にあります。
入口に立つのは、朱色の大鳥居です。周囲をビルや飲食店に囲まれた立地の中で、この鳥居はひときわ目を引き、日常空間から神域へと気持ちを切り替える境界の役割を果たしています。
参道と狛犬

鳥居の先には参道がまっすぐに伸びています。
参道の途中には、神社を守護する存在である狛犬(こまいぬ)が一対置かれています。


手水舎(ちょうずや)
参道の途中、あるいは拝殿の手前に設けられているのが手水舎です。

拝殿・本殿

境内の中心に位置するのが、朱色を基調とした拝殿です。
現在の社殿は戦後に再建されたものです。
拝殿の奥には本殿があり、
- 倉稲魂神(うかのみたまのかみ)
- 日本武尊(やまとたけるのみこと)
などの御祭神が祀られています。

摂社
威徳稲荷神社
拝殿の横手、境内の奥に進むと、威徳稲荷神社(いとくいなりじんじゃ)があります。
朱色の小さな鳥居が連なって建てられているのが特徴です。

芸能浅間神社
芸能・芸術の上達や成功を祈願する神社として知られ、舞台関係者や俳優、ミュージシャンなど、多くの芸能関係者から信仰を集めています。
末社
三社稲荷神社
1921年(大正10年)頃、新宿遊廓内にて稲荷神を祀ったものです。
2005年(平成17年)1月、摂社の威徳稲荷神社に合祀されましたので、現存していません。
雷電稲荷神社
祭神は受持神です。1928年(昭和3年)、花園神社に合祀され廃社となりましたが、再建・維持されました。
神楽殿・行事の場
例大祭や節分祭、酉の市の時期には、この場所が多くの人で賑わいます。
酉の市の夜は、提灯の明かりと露店のにぎわいが境内を埋め尽くします。


