ドナ・ウールフォーク・クロスの「女教皇ヨハンナ」とは?感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

女教皇ヨハンナは855年から858年まで在位したとされるローマ教皇です。

中世の伝説とされていますが、かつてはその存在を広く知られ、事実として認められていました。

しかし、カトリック教会はその存在を否定し、学者も伝説として考えています。

学者にしてみれば、一次史料にその名前が出てこない以上、そう判断せざるを得ないのでしょうが…。

ヨハンナが生きた時代は9世紀という暗黒の時代でした。

9世紀は識字率が低く、記録されたものが少なかった時代です。

ベネディクトゥス3世に関する記述ですら、「リベル・ポンティフィカリス」以外にひとつしかありません。

極端に史料が少ない時代なのです。

そのため、ヨハンナの同時代人は証人としてはあてにはなりません。

それは、事実を隠ぺいしようとする強い動機があるからです。

そして、17世紀にプロテスタンティズムの激しい攻撃にさらされ、カトリック教会はヨハンナの記録を組織的に破棄し始めました。

いわば、証拠を抹消するのがたやすかった時代とも言えます。

当時の教会の力を考えれば、教会がヨハンナの記録を抹消するために多大な労力を要して、その存在を抹殺することはできたかもしれません。

現在でも、独裁国家に於いて、同様のことがされていますので、やろうと思えばできないことはありません。

今日、カトリック教会は次の二点を挙げてヨハンナの存在を否定しています。

  1. 当時の文書にヨハンナを言及したものがないこと。
  2. ヨハンナの前任者レオ4世から後任のベネディクトゥス3世の治世が始まる前の間、ヨハンナの在位期間が入る余地がないこと。

一方で、女教皇がいなければ説明がつかないことがあります。

中世の教皇就任式の一環として600年間も行われていた、いわゆる穴開き椅子の検査です。

ヨハンナ以降、新教皇に選出された教皇は、セッラ・ステルコラリアと呼ばれる真中に穴のあいた椅子に座り、男であることを証明するために性器が確かめられました。

儀式は16世紀まで続いています。カトリック教会は穴開き椅子の存在を否定していません。それどころか、ローマに現存しています。

もうひとつ、説明がつかないことがあります。それは、敬遠される道があることです。

教皇官邸と司教座聖堂(サンジョヴァンニ・イン・ラテラノ大聖堂)のあるパトリアルキウムと、サンピエトロ大聖堂の行き来に使う最短の道はヴィア・サクラ(サンジョヴァンニ通り)ですが、これを意図的に避けるようになっています。

何世紀もの間、この道を使っていたにもかかわらず、ヨハンナがこの道で赤ん坊を死産した直後から使われなくなったのです。

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内容/あらすじ/ネタバレ

814年の1月28日。インゲルハイムの村で参事会員の女房が予定よりひと月早く産気づいていた。

参事会員にはすでに二人の子がいる。上は六歳、下は三歳で、どちらもザクセン人の母親のプラチナブロンドは受け継いでいなかった。

産婆は神に仕える参事会員が女を連れて帰ってきたときのことをよく覚えている。それにしても、と産婆は思う。参事会員がもっている本というやつには畏敬の念を抱かずにはいられない。聖書の写本で、産婆が目にしたことのある唯一の本だった。

生まれたのは女の子だった。ヨハンナと名付けられた。

母グトルンはヨハンナを見て思っていた。この子は器量が悪い。あの人にそっくりだ。アングル人の太い首と、広い顎。ただ、髪は自分と同じプラチナブロンドだ。

グトルンはヨハンナに自分の生まれ故郷に伝わる話をした。それはフランク人皇帝が来る前まで身近だった神々の世界であった。キリスト教徒から見ると異教徒の話でもあった。

ヨハンナは兄マティアスが勉強しているところを見るのが好きだった。ヨハンナはマティスにせがんで字を習った。それは厳格な父である参事会員の目を盗んで、一種のゲームのようにして行われた。

やがてヨハンナは聖書を読みたいと言い出した。マティスはなんて変わった子だろうと思った。好奇心旺盛で、頑固で、自信に満ち溢れている。

ヨハンナはどんどん上達し、春の四旬節前にはヨハネによる福音書を一通り読めるようになっていた。

だが、ヨハンナに読み書きを教えてくれたマティスが病で死んでしまった。

次兄ヨハネスを父が宮廷学校に入れようとしていることを知ってヨハンナは唖然とした。ヨハネスはマティスと違って何をやっても遅い。

ヨハンナが初めてアスクレピオスに会ったのは九才の秋だった。アスクレピオスはギリシア人で、美しいラテン語を話した。

ある日、アスクレピオスはヨハンナを呼んで訪ねた。ラテン語ができるのかと。そして、アスクレピオスはヨハンナの知性に驚き、面倒を見ようと申し出た。

ヨハンナは魔女裁判を見ていた。裁判の結果、女は死んだ。それも神は無実を証明してくれたにもかかわらずだ。その疑問をヨハンナはアスクレピオスに投げかけた。

その後、アスクレピオスはヨハンナに別れを告げた。餞別にくれたのはホメロスの写本だった。前半は原語のギリシア語で、後半はラテン語訳になっている。

だが、この本も父に見つかり、奪われてしまった。父はヨハンナを鞭で打って半殺しの目にあわせた。

ヨハンナは回復したが、希望はついえていた。ただ生きている、そうした日々になった。

ドレスタットの学校からの使者がきた。ヨハンナを迎えに来たのだ。ドレスタットまでは過酷な旅となった。

ヨハンナは自分の容姿が決してきれいとは言えないことを知っていた。だが、司教がヨハンナを呼んだのはその容姿を確認するためではないことも知っていた。

司教の前に立ったヨハンナに対して、オドと呼ばれた男があからさまに学校への入学を反対した。女を入れるなんて。

ヨハンナは司教の横に立っていた騎士の家で生活することになった。名をゲロルトという。

聖堂の図書室に隣接して教室があった。ヨハンナはこのひんやりした空気と、部屋に漂う羊皮紙の匂いが好きだった。

この年、十三になったヨハンナは大人になった。初潮がきたのだ。

学頭・オドはヨハンナを目の敵にしていた。一方でヨハンナの良き理解者であり続けたのはゲロルトであった。

市へヨハンナはゲロルト一行と一緒に出かけた。一行は辺境伯にふさわしいものだった。

この市で一人の老婆にヨハンナとゲロルトの長女・ギズラは未来を告げられた。ギズラは妻にはなるが、母にはなれない。そしてヨハンナはもうすぐ別人となり、ゆくゆくは想像もつかない大物になる、と。

ギズラが結婚した。ヨハンナは結婚など御免だと思っている。父の横暴に耐えてきたヨハンナは、自由を奪われる結婚に興味はなかった。

だが、ゲロルトとの関係を知ったゲロルトの妻・リヒルトがヨハンナに縁談をもってきて、結婚をさせようとした。

惨劇が待ち構えていたのは、ヨハンナの結婚式当日だった。式場にノルマン人が侵入してきたのだ。ヴァイキングだ。

巡察使で巡回していたゲロルトが領地に戻ってきて見たのは、惨劇の後だった。妻、娘を失い、ヨハンナも失ったゲロルトは泣き崩れた…。

ヨハネス・アングリクスは一日の初めの聖務がすきだった。ヨハネス・アングリクスはフルダの修道士にはふさわしくなかった。なぜなら、俗名インゲルハイムのヨハンナは女だったからだ。

ヨハンナが兄ヨハネスと偽って修道院の門に現れてから四年がたっていた。ヨハンナはこの修道院ですぐに頭角を現した。

ある日、副修道院長のヨゼフは目を見張った。ヨハンナがギリシア語の文献を読んでいたからだ。それを院長のフラバヌスに話すと、ヨハンナに修道院が誇るギリシア語の医学関係の蔵書を翻訳させることにした。

そして、ヨハンナは修道院の医師であるベンヤミンの弟子になった。ヨハンナはベンヤミンが一生かけて習得した技術をわずか二、三年でものにしてしまった。

修道院では重い皮膚病に罹った人を社会から隔離する儀式がある。その儀式の中でヨハンナは一人の女性がそうではないと確信した。マダルギスという女性は治る。確信したヨハンナは皆の反対を制した。そして、その言葉通りマダルギスは治った。

マダルギスにはアルンという息子がいる。アルンに教えるのは楽しかった。子供の頃の自分を思い起こさせるものがある。

敬虔帝ルートヴィヒが亡くなってから一年もたっていないのに三人の息子は本格的な内戦を展開していた。

皇帝の称号は長兄ロタールが継いでいた。ゲロルトはロタールの性格的な欠点は承知の上で、運命をともにすることにしていた。そして、今、戦場にいた。

王家の争いの影響はフルダにはほとんど届かなかった。その冬の飢饉は過去最悪だった。流行り病が襲い、その犠牲者は修道院の中にも出た。この病で亡くなった者の中にベンヤミンがいた。ヨハンナは深い悲しみに浸った。十二年前から修業を始めて以来、ベンヤミンは友であり師であった。彼こそが真の父だった。

そして、あろうことか、流行り病はヨハンナも襲った。うなされる中、ヨハンナは女であることがばれることを恐れ、修道院を抜け出した。朦朧としているヨハンナを助けてくれたのはアルンだった。

ヨハンナはローマに行くことにした。

教皇グレゴリウスは死の床にあった。それをしり目にアナスタシウスは別のことを考えていた。

ローマは想像と違っていた。

一見矛盾した町だ。世界の驚異でありながら、どこより汚れて朽ちかけていた。キリスト教の巡礼地でありながら、偉大な芸術は異教の神をほめたたえている。学問の中心であっても、人々は無知で迷信深い。

ヨハンナはほとんどの時間をボルゴ地区で過ごした。ローマに来て一年余り、治療師として過ごし、名声は高まっていた。

ヨハンナはこの生活に満足していたが、新教皇セルギウスが病に倒れたことによって一変した。

新教皇セルギウスの容体は悪くなる一方だった。このことに危機を感じたのが弟のベネディクトゥスだった。自分の権勢の終わりを意味するからだ。

同じように心配していたのがアナスタシウスだった。教皇には三十五歳以上という最低年齢制限があり、アナスタシウスが資格を得るのは一年以上も先のことだった。今、セルギウスが死ねば、若い教皇が選ばれる可能性がある。そうなったら、二十年以上待たなければならないかもしれない。

ヨハンナの評判を聞きつけたアナスタシウスは治療師としてヨハンナを呼んだ。

教皇の容体は予想以上に悪かった。急性の痛風の発作に苦しんでいるのだ。

ヨハンナは治療をしていく中で、セルギウスの中に二人の異なる人物が同居していることに気がついた。一人は自堕落で下品で利己的、もう一人は教養があり知的で思いやりがある。教皇としての資質は高いものがある。教皇を立ち直らせるために厳しい食事療法に取り掛かった。

ヨハンナを伝説のマリオツァが呼んだ。ローマ一有名な高級娼婦だ。マリオツァはヨハンナを誘惑しようとしていた。

ばかばかしい話だったが、この現場に教皇の衛兵がなだれ込んでヨハンナを取り押さえた。嵌められたヨハンナは牢に入れられた。

ロタールがローマを襲おうとしている。それを知り、セルギウスは気分が悪くなった。

ロタールの一行にはゲロルトもいた。そして、ヨハンナとゲロルトは偶然の再会を果たした。最後に会ってから十五年がたっていた。歩み寄る間も惜しむようにいつしか二人は固く抱き合っていた。

教皇セルギウスは英雄としてもてはやされた。弟を失いながらも、ヨハンナの課した過酷な食事制限も功を奏し、健康と活力を取り戻していた。

だが、その耳にはサラセンの船団がローマに向かっているという知らせが届いた。ゲロルトもこの話を聞くと、ヨハンナを全力で守ることを誓った。

ローマは救われた。だが、サンピエトロが破壊された。その中、セルギウスが亡くなった。

セルギウスがなくなった今、ヨハンナがローマに留まる理由は失われた。次の教皇にはアナスタシウスがなるだろう。

教皇選出の選挙当日。ローマ市民は全員、聖職者も平信徒も新教皇の選出に参加することになっていた。

選挙は意外な方へ進み、アナスタシウスではなく、全く予想されていなかったサンティクワトロ・コロナティ教会の司祭枢機卿レオが選出された。

ゲロルトもローマに残ることになった。それは教皇親衛隊の総司令官としてだ。ヨハンナもノメンクラトルとして残ることになる。それは教皇宮廷の七大幹部のひとりで慈善活動を司る人だった。

ローマの再建はゲロルトの意見を取り入れて行われた。サンピエトロ自体を城壁で防御するのだ。

この工事の中、大火事が起きた。サンピエトロ大聖堂が被害を免れたことはまさに奇跡だった。教皇レオは炎に向かって十字を切り、火を食い止めた。その話で持ちきりだった。

そして、大火事が放火であり、その犯人がアナスタシウスであることが分かった。アナスタシウスはアーヘンのロタールのもとに逃げた。

町の再建にかかりきりの教皇レオにかわり、日々の勤めをしてたヨハンナはレオの代理人だった。どこへ行っても小教皇として歓迎された。
レオが死んだ。その知らせはアナスタシウスにも届いた。だが、選挙の時期が早すぎる。

アナスタシウスがローマにつく前に選挙は決着してしまった。ヨハンナが選出されたのだった。

人民の教皇。洪水の日に教皇がどのように被災地に向かい、いかに命を顧みずに救いの手を差し伸べたが繰り返し語られた。

ゲロルトが去ろうとしていた。そして、ヨハンナは自分が妊娠していること知った。

本書について

ドナ・ウールフォーク・クロス
女教皇ヨハンナ
草思社

目次

プロローグ
1~29
エピローグ

登場人物

ヨハネス・アングリクス(ヨハンナ)…のちに女教皇

グトルン…ヨハンナの母
参事会員…ヨハンナの父
マティアス…ヨハンナの長兄
ヨハネス…ヨハンナの次兄

アスクレピオス…ギリシア人学者
フロトルト…産婆

ゲロルト…辺境伯、のちに教皇親衛隊総司令官
リヒルト…ゲロルトの妻
ギズラ…ゲロルトの長女
デュオダ…ゲロルトの次女

フルゲンティウス…ドレスタットの司教
オド…聖堂付属学校の学頭
アナスタシウス…教皇庁の祭具室係官、カステルム司教、のちに司祭枢機卿
アルセニウス…アナスタシウスの父

グレゴリウス四世…教皇
フラバヌス・マウルス…フルダ大修道院の院長
ヨゼフ…フルダ大修道院の副院長
ベンヤミン…修道士、医師
ゴットシャルク…修道士

マダルギス…寡婦
アルン…領主の執事、マダルギスの息子
ボナ…アルンの妻
アルナルダ…アルンの娘

セルギウス…教皇
ベネディクトゥス…セルギウスの弟、教皇使節
エンノディウス…教皇侍医
アリグヒス…教皇侍医
レオ三世…教皇
ワルディペルト…教皇侍従
ダニエル…教皇親衛隊隊長
ロタール…フランク王、ローマ皇帝
マリオツァ…高級娼婦

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