【式内社】二宮神社の参詣記-歴史や見どころは?(千葉県船橋市)下総国二之宮

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津田沼駅からバスで向かいました。

どの駅からも中途半端に遠く、歩くのはしんどいです。

車だと境内の駐車スペースに止めることができます。

宿泊旅行なら旅行サイトを利用するのが良いと思います。下記をご参考になさってください。
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二宮神社(にのみやじんじゃ)の歴史

二宮神社(にのみやじんじゃ)は、千葉県船橋市三山にある神社です。

旧社格は郷社。

古くは「三山明神」「二宮明神」とも言われ、地域の信仰を集めました。

三山氏が先祖代々神官を務めました。

地名同様「三山」の名は「御山」から転じたもので、当社があることからのものらしいです。

千葉郡の式内社・寒川神社の論社です。

本千葉駅にある寒川神社がもう一つの論社となっています。

また、下総国二宮と伝わっていますが、こちらも論社として旭市の玉崎神社があります。

当社の創立は、弘仁年間(810年〜823年)で、嵯峨天皇の御勅創によるものであると伝えられています。

また、延喜5年(905年)に編纂された「延喜式」の「神名帳」にある「千葉郡二座(並小)」の一座である「寒川神社」であったといわれています。

二宮神社と呼ばれるようになった正確な年代はわかっていませんが、乾元2年(1302年)の鐘には「二宮社」と刻まれていることから、鎌倉時代には既に呼称されていたことがわかっています。

こうして古来より、近郷23ヶ村の総鎮守として広く人々の信仰をあつめてきました。

二宮神社ホームページ

上記の鎌倉時代「乾元2年(1302年)の鐘」とは、成田市祥鳳院が有している梵鐘です。

また、「近郷23ヶ村」は船橋市東部・北部、習志野市、八千代市、千葉市西部にまたがっています。

当社は平安時代に創立され、治承4年(1180年)に藤原師経が左遷された際、藤原時平が相殿に合祀されたとされます。

藤原時平は菅原道真の政敵であり、天神の氏子は当社に参拝しなかったとされます。

戦国時代末期の天正19年(1591年)には徳川家康から朱印地10石を与えられました。

江戸時代になると将軍からの寄進があり、安政5年(1858年)の「成田参詣記」には「三山明神社(みやまみょうじんやしろ)」の挿絵で紹介されています。

明治時代になると、近代社格制度で郷社となり、明治43年に若宮八幡神社と元摂社・阿波八幡神社を合祀しました。

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二宮神社の見どころ

一の鳥居から参道

一の鳥居。

鳥居の右手にある石。さざれ石でしょうか?

ここから先がこの神社の独特の参道です。

鳥居をくぐると、すぐに下り階段。

周辺に比べて、この参道の部分だけ窪んでいます。

あえて、そうした地形を利用した参道になっています。

一の鳥居の右手の方は同じ高さになっており、ぐるっと回れば、本殿へとたどり着けます。

車で行く場合は、そのルートになります。

そうした別の道があるにもかかわらず、参道は敢えてこうした作りにしたのは、何らかの意図があるのでしょう。

下る途中で左手に祠があります。

写真が見えづらいかもしれませんが、奥にひっそりとたたずんでいます。

その祠

参道の底。

川が流れています。

習志野市の津田沼にある菊田神社境内の池へとつながっているといわれているそうです。

手水舎でしょうか?

二の鳥居

参道から見上げる二の鳥居。

いったん下がって、上るというのは、成田山新勝寺も同じです。

もっとも参道の長さが全然違いますが…

二宮神社のイチョウ

手水舎

二の鳥居をくぐって右手

拝殿と本殿

この時は茅の輪がありました。

茅の輪くぐりは蘇民将来の説話に由来する行事です。

蘇民将来はスサノオと習合していますので、スサノオの神事と言っても良いかもしれません。

社務所など

本殿を左側から

本殿を右側から

社殿の説明版等。

現在の社殿は安永年間(1772-81)に再建されたものです。

本殿・拝殿とも屋根は銅板葺。

本殿は大正11年(1922年)10月に、拝殿は大正14年(1925年)に茅葺屋根から葺き替えられました。

社殿の平面形式は江戸時代に流行した権現造。

拝殿と本殿の遠景

神楽殿

摂社・末社

拝殿向かって右手に鎮座。摂社なのか末社なのか不明です。

裏参道?から一の鳥居へ戻る途中に出現します。摂社なのか末社なのか不明です。

道路にある石碑

こちらは裏参道に該当するのでしょうが、そこに建つ石碑。

コーンが周りに配置されているので、結構車がぶつかっているのでしょう。

下総三山の七年祭りの紹介版

下総三山の七年祭りの紹介版。七年祭りは数え年で7年に1度催行されます。

二宮神社
二宮神社は千葉県船橋市三山5-20-1に鎮座する延喜式内社です。創建は弘仁年間(810年~823年)に嵯峨天皇の御勅創によるものと伝えられています。祭神は建速須佐之男命・櫛稲田比売命・大國主命・藤原時平公・大雀命・譽田別命です。

別当寺

道路を隔てて廃仏毀釈以前の別当寺・神宮寺があります。

廃仏毀釈については安丸良夫「神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈―」に詳しいです。

二宮神社の概要

項目内容
創建弘仁年間(810年-824年)
主祭神建速須佐之男命
櫛稲田比売命
大国主命
藤原時平命
大雀命
誉田別命
社格等古代社格制度式内社
中世社格制度(伝)下総国二宮
近代社格制度郷社
現代の制度
その他別名 寒川神社
備考本殿の様式 権現造
例祭 10月16日

文化財

指定内容
国指定国宝
重要文化財
登録有形文化財
県指定無形文化財下総三山の七年祭り
市指定有形文化財社殿(有形文化財(建造物))
斎藤園女等奉納句額
無形文化財二宮神社神楽(無形民俗文化財)
国指定
県指定
市指定二宮神社のイチョウ

公式ページ

二宮神社
二宮神社は千葉県船橋市三山5-20-1に鎮座する延喜式内社です。創建は弘仁年間(810年~823年)に嵯峨天皇の御勅創によるものと伝えられています。祭神は建速須佐之男命・櫛稲田比売命・大國主命・藤原時平公・大雀命・譽田別命です。

住所と地図

所在地: 〒274-0072 千葉県船橋市三山5丁目20−1
電話: 047-472-1213

千葉県の式内社

千葉県の式内社
千葉県内の式内社です。東京湾沿いと南の旧安房国に集中しています。北は旧香取海周辺にある程度の印象です。内陸部はほぼ空白地帯です。 式内社は延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に記載された神社をいいます。 延喜式神名帳は、延長5年(9...
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