
目の前に海が広がる景色は素晴らしいです。沖縄県の勝連城を思い出しました。天気によっては富士山が見えるそうです。
館山城は、館山駅からバスで10分程度の城山公園にあります。公園には駐車場がありますので、車での観光もおすすめです。
天気のいい日に訪れることができました。標高70メートル程度にある模擬天守からの景色はとても良いです。

模擬天守は八犬伝博物館として、「南総里見八犬伝」の世界を紹介していました。
そして、里見氏を大河ドラマに誘致するための紹介がされていました。


館山城の歴史
里見氏最後の本城
館山城は、房総を治めた戦国大名・里見氏の最後の本城です。
里見氏ゆかりの城としては、稲村城と岡本城が国指定の史跡になっていますが、館山城は市指定の史跡です。
他の二つの城に比べて歴史的な重要性は低いと考えられています。
館山城は、戦国時代の天正8年(1580年)に里見義頼によって館山城が築城されました。
天正19年6月から11月までの間にかけて、里見義康が岡本城から館山城へ移転をしてきます。
館山城といえば「南総里見八犬伝」が思い浮かばれますが、「南総里見八犬伝」に登場する「館山城」は上総国にありますので、別物です。この館山城は安房国です。
館山城の成立と里見氏の歴史
里見氏は、上野国新田氏の流れをくむ一族で、源氏の名門です。
鎌倉時代以降、房総半島へと勢力を伸ばしていきました。
戦国期に里見氏は、後北条氏や武田氏、上杉氏などの有力大名と対峙しながら、安房・上総を中心に地盤を築いていきました。
最盛期は、安房里見氏の五代目・里見義堯とその子・義弘の時代です。
しかし、豊臣秀吉による天下統一と、その後の江戸幕府成立により、里見氏は次第に弱まっていきます。
慶長19年(1614年)に里見忠義が舅の大久保忠隣失脚に連座して安房を没収され、伯耆倉吉3万石に転封となります。事実上の改易です。
見どころ
天守

現在の館山城は館山市の城山公園内に位置しています。
山頂に建つ天守は、昭和57年(1982年)に建設された模擬天守です。
下の駐車場から見える姿は、素晴らしい佇まいです。

天守内部は「館山市立博物館分館 八犬伝博物館」として利用されており、里見氏の歴史資料や発掘調査の成果、「南総里見八犬伝」に関する展示が行われています。
「南総里見八犬伝」に関して、八犬伝の成立過程や物語の構造、江戸時代の読本文化についての解説が詳しくされています。
天守最上階は展望台となっており、館山湾を一望することができます。
天候に恵まれた日には、三浦半島や富士山を遠望することもできますが、この日は見ることができませんでした。




城山公園内には、曲輪跡や土塁とみられる地形が残っており、当時の城郭構造を想像しながら散策することができます。







八遺臣の墓
城山に、「八遺臣の墓」として石碑や供養塔が設置されています。

地元では、八犬士=八遺臣として結び付けられ、物語の英雄たちを象徴する墓として扱われています。
元和8年(1622年)に伯耆国倉吉(鳥取県)郊外で没した安房里見氏最後の当主・里見忠義に8人の家臣が殉死しました。
後日、これを伝え聞いた安房の里見の旧臣が漁師姿に身をやつして伯耆に出向き、遺骨を分骨し、この地に供養したものと伝えられています。
