【式内社】太平山神社(おおひらさん)の歴史と見どころ紹介(栃木県栃木市)

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太平山神社へは車が便利です。車では東北自動車道栃木I.Cから約15分、北関東自動車道佐野藤岡I.Cから約30分かかります。

公共交通機関では、JR両毛線・東武日光線栃木駅下車し、関東バス(国学院行き(約15分))終点下車です。

太平山あじさい坂入口まで徒歩約4分で、あじさい坂入口から太平山神社まで、約1,000段の階段をゆっくり登って18分くらいです。

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御神石(撫で石)を撫でて参拝しましょう

827年に慈覚大師(円仁)により創建されたといわれています。

しかし、式内社(論社)でもあります。

神仏習合の神社だったということのようです。

太平山神社 公式ホームページ|桜とあじさい、紅葉で有名な栃木県栃木市の太平山神社|
太平山神社は42社60余の神々をお祭りし、「全ての神々この山に有り全ての御神徳この山より始まる」とまで言われております。願いのままに年間80数度の祭りが奉仕され、万人の心を支え「祈願成就ならざることなし」と篤く信仰され、諸祈願祈祷が日々行われております。

慈覚大師円仁が開山、再興したと伝えられる寺は、関東に209寺、東北に331寺余あるとされます。有名なのが、瀧泉寺(目黒不動)、山形市の立石寺、松島の瑞巌寺、平泉中尊寺、浅草の浅草寺です。

栃木県栃木市にある標高340mの小さな山・太平山(おおひらさん)にあります。

ちなみに大平山ではありません。「大」ではなく「太」です。

約1,000段に及ぶ長い表参道があります。

この日は、上から撮影をしたのですが、うーーーん。下から登ってくる気にはなれませんでした。

階段も意外と急で、ちょっとした山登りです。

石段は「厄除けの石段」といわれているらしいです。

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式内社の大神神社(大神社)の論社

式内社の論社です。

神社は、武門の信仰を集め、徳川将軍家の信仰が厚かったようです。

神社拝殿の傍らにはたくさんの境内社があります。

その数、42社60余の神々だそうです。

「全ての神々この山に有り全ての御神徳この山より始まる」と言われています。

御神徳記

太平山神社は瓊瓊杵命(ににぎのみこと)、天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)、豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)をはじめ、多くの神様をお祀りしています。
第53代淳和天皇の御代、風水害や疫病で人々が苦しむさまに淳和天皇は御心を痛められ、「下野国(今の栃木県)の霊峰三輪山に天下太平を祈る社を造営せよ」との詔を賜り、日の神であり太陽のように命を育む「天照皇大御神」、月のように人々に安らぎを与える「豊受姫大神」、星のように人生の道案内をしてくださる「瓊瓊杵命」、この「日・月・星」の御神徳をあらわす三座の神様をお祀りするために太平山神社が造営されました。すると忽ち世の中は治まり、大いによろこばれた淳和天皇は、勅額を下賜されたのです。
そして、もともと此地でお祀りされていた神様は奥宮(剣之宮・武治之宮)に鎮座されました。
以来、太平山に鎮座している神々は「国を太平に治め、社会を平和に導き、家内の安全を守り、商業を繁栄に導き、人々を守護する祈願成就の神様」として万民の心を支え、篤く信仰されるようになりました。「おさめの神、鎮まります御山」である太平山には御神徳あらたかな神々が鎮座しており、多くの祭典が今日尚執り行われ、人々の幸せを祈り続けているのです。

御鎮座略記

太平山神社の歴史は『諸神座記』を始め多くの古文書によれば、垂仁天皇の御宇に大物主神(おおものぬしのかみ)・天目一大神(あめのまひとつのおおかみ)が三輪山(現在の太平山)に鎮座されたときに始まると云われております。今からおよそ二千年も前のことですが、太平山神社の周辺からは古い時代の祭祀遺跡・祭祀遺物が出土しており、太平山は非常に古くから信仰されていた山であったことが伺い知れます。
『太平山開山記』によれば、「円仁(慈覚大師)は何年にもわたり太平山の入山を拒否されていたが、淳和天皇の御代の天長4年(827)、天皇の勅額を奉じることでついに入山を果たした」とあります。これが今日伝えられている「天長四年慈覚大師開山説」で、旧暦1月8日に執り行われる神蛇祭(しんださい)の祝詞にも伝えられています。こうして太平山神社は「神仏」を祭る山としての第一歩を迎えたのです。この後、太平山は神鎮まる御山として一大宗教の霊地となり、摂末社および寺院が八十余遷座・建立されました。
さらに明徳3年(1392)には後小松天皇から「太平山神社」の額を下賜されましたが、天正13年(1585)の戦火で、これら淳和・後小松両天皇の額は焼失してしまいました。
戦国時代に北条氏と対立する上杉謙信が太平山から関東を臨んだという言い伝えが残っているほど、関東平野を一望できる地に太平山神社は鎮座しております。天正年間に兵火によって社殿が焼失してしまう不幸がありましたが、近世の初期には早くも復興し、徳川幕府から朱印地50石を認められました。さらに寛政年中(1789~1801)には「御願御抱場」となるなど、民衆のみならず朝廷や幕府からも「天下太平を祈る社」として信仰されました。『雲上明鑑』『雲上明覧』にも「下野 太平山宮司」「野州 大平山神主」または「野州 大平山別當」と記載されるなど、武家伝奏が朝廷へ執奏する社でもありました。
太平山神社は様々な歴史を経て参りましたが、古い昔から、多くの人々の心を支え続けてきたのです。

http://www.ohirasanjinja.rpr.jp/history/

本堂前には御神石(撫で石)があります。

石を撫でることにより災厄を祓い、霊験を得るという信仰があります。

手水舎で身を清め御神石を撫でた後、本堂に参拝するのが太平山神社の参拝順序です。

地図

所在地 栃木県栃木市平井町659
主祭神 瓊瓊杵命、天照皇大御神、豊受姫大神

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