杉本章子の「信太郎人情始末帖 第1巻 おすず」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

第八回中山義秀文学賞受賞

南町奉行が遠山左衛門尉景元から池田播磨守頼方にかわった時代。嘉永五年ということになるか。十数年後は明治である。幕末の動乱直前の時代が舞台のシリーズ。

だから、登場人物の一人、貞五郎が通っていた男谷道場とは男谷精一郎の道場ではないかと思う。男谷精一郎は勝海舟の親戚である。

さて、本書ははじめに「おすず」があって、最後におすずに終わるという感じである。

最初の「おすず」での次の一文が印象的であった。こうした上品な物言いもあるのだなぁと感心してしまった。

「あたし、ほんとは常陸屋さんにゆきたくない。信太郎さんを思いきれないんです。胸のなかではずっと、あなたの許嫁でいました。一度だけ…お嫁さんにしてください」

本書はかなり史料を当たっているようだ。それとなく方々にその点が散りばめられている。

端的にわかるのは、「おすず」で記載されているような史料の名称、南町奉行所与力佐久間長敬「嘉永日記抄」のようなものである。

他には、七月の吉原の描写。玉菊燈籠で華やぎをみせるという解説などがそうだ。

享保の頃、若い身空で死んだ花魁の玉菊の追善に仲之町の引手茶屋が軒並みに燈籠を飾ったのが始まりという。

この解説を読んで、何と粋であでやかなのだろうかと思ってしまった。

他に面白かったのは、「屋根船のなか」の落首と「黒札の女」の落首。

特に、「屋根船のなか」の落首は上手い。話の筋にぴったりと嵌り込んでいる。落首もこうした使い方をすると生きてくる感じである。

「千年の鶴も今年は羽がいじめ
お役上がりは百年めなり
すすめたはしうか家来か知らねども
かぶき門をもたててだんまり」

信太郎人情始末帖シリーズ

  1. おすず
  2. 水雷屯
  3. 狐釣り
  4. きずな
  5. 火喰鳥
  6. その日
  7. 銀河祭りの二人
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内容/あらすじ/ネタバレ

おすず

信太郎を元吉が訪ねてきて、おすずがどうしても信太郎に会いたいといっているという。おすずは呉服屋の娘で、かつて信太郎の許嫁だった。信太郎が女に身を持ち崩したことで破談になった相手である。この結果、信太郎は勘当された。

おすずは信太郎に会うと、嫁に行くことが決まったという。信太郎は安堵の胸をなで下ろし、祝の言葉を述べた。
だが、この後、おすずの呉服屋に七人組の賊が押し込み、三日後おすずは自害して果てた。

煎じ詰めれば、おれのせいだ…そう思った信太郎は、悔恨を胸に七人組を探し始める…

屋根船のなか

川で男女の死体が上がった。

信太郎の働く河原崎座では新狂言をかけることになっていた。「児雷也豪傑譚話」で、八代目団十郎が児雷也をつとめる。

このことについて久右衛門と話をしていると、おぬいのことをどう思っているのかと突然聞かれ、信太郎は言葉に詰まってしまった。さらに、おぬいの千歳屋が金繰りに困っていることを初めて知った。

その話を聞き、千歳屋を訪ねてみると、店を閉じている。女中のおさとの父親が人を殺めてしまったのだという。おさとの父親・常松をかくまっていないかと嫌疑をかけられたのだ。

こうした事件とは別に、信太郎の父・卯兵衛が倒れたという。そして、この事件に絡んで、なぜか河原崎座の囃子方・貞五郎も動いていた。

かくし子

おぬいのところにさよという女が子供を連れて訪ねてきた。子供の名は孝吉、おぬいの死んだ亭主・宇之助の忘れ形見だという。証拠の書付もあるという。そして、孝吉を引き取るのが嫌なら、この書付を五百両で引き取ってくれという。

事の真偽を確かめるために、信太郎は方々へ確かめに行き、そして、宇之助の兄・久七にまで確かめに行った。そして、どうやら嘘ではないことがわかったのだが…

黒札の女

河原崎座を出たところで呼び止められた信太郎は、今津屋お甲を呼び出してくれないかと、黒札料を押しつけられてしまった。黒札は急用札ともいい、開演中に用の出来た観客を呼び出す時に使う。男はお店者には似つかわしくない高価な紙入れを持っていた。

後日、今津屋お甲が殺され、信太郎は黒札でお甲を呼び出した男の人体を確かめさせられた。だが、男はとりとめのない、特徴のない男であった。

その後、今度は元吉が南町奉行所定廻り同心の中山弥一郎が信太郎に会いたがっているといってきた…

差しがね

信太郎はおすずの一周忌のお参りをした。

この後日。信太郎はいきなり男たちに取り囲まれた。どうやら怨みによる犯行らしい。だが、今ひとつ思い当たる節がない。あるとしたら、一つなのだが、これを元吉に探ってもらうことにした。そして、被害は千歳屋にも及んでいるらしい。

しかし、信太郎の期待もむなしく、元吉はお手上げのようであった。

そして、ついにはおぬいの息子・千代太が拐かされたという…

本書について

杉本章子
おすず 信太郎人情始末帖1
文春文庫 約二八〇頁

目次

おすず
屋根船のなか
かくし子
黒札の女
差しがね

登場人物

信太郎…呉服太物店美濃屋卯兵衛の総領
おぬい…吉原仲之町の引手茶屋千歳屋の内儀
千代太…おぬいの息子
おみち…娘
元吉…幼馴染、岡っ引徳次の手下
徳次…元吉の親分
中山弥一郎…南町定廻り同心
和助…千歳屋の男衆
久右衛門…河原崎座の大札、おぬいは姪
貞五郎…囃子方、御家人
小つな…芸者、貞五郎の女
二代目河竹新七…立作者
美濃屋卯兵衛…信太郎の父

おすず
 おすず
 おまさ
 おわか
 佐市
 利助…狂言作者部屋の見習
 中山弥一郎…南町定廻り同心

屋根船のなか
 おさと
 常松…おさとの父親
 坂東しうか…女形
 鶴藤蔵…勘定組頭勝手方
 岩代屋

かくし子
 さよ
 孝吉
 久七

黒札の女
 今津屋お甲
 中山弥一郎…南町定廻り同心
 喜三次…魚佐の板前
 二代目河竹新七…立作者
 す組の留吉
 安松

差しがね
 長二郎
 孝助…常陸屋総領

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