極楽寺の歴史と見どころ紹介(神奈川県鎌倉市)北条義時の三男重時ゆかりの寺

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山門
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極楽寺駅近く

鎌倉にある極楽寺を紹介します。

江ノ島電鉄の極楽寺駅を降りて、少し坂を上り、左に線路をまたぐ格好の橋を渡って、左手すぐに見えます。

鎌倉駅方面からの江ノ電に乗ってくると、車窓の右手に見えます。

鎌倉七口の1つである極楽寺坂切通の近くにあります。

鎌倉という土地柄もそうなのですが、車での参拝は難しいと思います。周辺に車を止める場所がないように思います。

鎌倉駅や藤沢駅、大船駅などに車を止めて、鎌倉市内は徒歩や自転車、バス、電車で移動するのがおススメです。

レンタサイクルがありますので、自転車で鎌倉を回るのがおススメですが、極楽寺は江ノ電で来るのが便利です。

宿泊旅行なら旅行サイトを利用するのが良いと思います。下記をご参考になさってください。
極楽寺前の案内板

極楽寺略縁起

鎌倉唯一の真言律宗。

建立したのは、北条義時の三男重時。重時は、執権を補佐する連署まで務めた人であるが、政治に執着することなく出家し、その山荘に寺院建立を思い立ち、元正元年(1259)に造営を始めた。しかし造営半ばの弘長元年(1261)に重時は亡くなった。その子の長時と業時が父の志を継いだ。

極楽寺前の案内板

開山は忍性。開基は二代執権である北条義時の三男・重時です。

1259年(正元1)に建立されました。

往時は周辺に大きく広がっていたようです。

極楽寺の看板

極楽寺

開山は良観房忍性。奈良西大寺叡尊門下で戒律を学ぶ。弘長二年(一二六二)に北条業時に招かれて多宝寺住持となり、その後文永四年(一二六七)に極楽寺に開山として迎えられました。

極楽寺は正元元年(一二五九)に深沢に創建され、後に開基となる北条重時が現在地に移転したといわれています。元寇に際しては、幕府の命により異国降伏の祈祷を行い、また、鎌倉幕府滅亡後も勅命により国家安泰を祈る勅願所としての寺格を保ちました。かつての寺域は広大で、中心の七堂伽藍を囲むように多くの子院、そして療病院などの病院施設もあったことが当寺に伝わる絵図からわかります。

極楽寺の看板
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極楽寺案内

山門

全盛期は、金堂、講堂、十三重塔などの伽藍のほかに、49の塔頭を備えた大寺院でした。

合戦や火災、地震等により、現在は山門と本堂を残すのみになっています。

国指定史跡

極楽寺境内・忍性墓として国指定の史跡になっています。

1927年に寺の西にある「忍性墓」が国の史跡に指定されました。

2008年に中世の遺構や地形を良好に残す旧境内中心部が追加指定されました。

現在の指定名称が「極楽寺境内・忍性墓」となっています。

参道
境内
本堂
本堂側から山門を見る1
本堂側から山門を見る2
客殿
地名の由来

極楽寺の情報

山号、宗派、本尊

  • 山号 霊鷲山
  • 院号 感応院
  • 宗派 真言律宗
  • 本尊 釈迦如来

創建、開山、開基

  • 創建年 正元元年(1259年)
  • 開山 忍性
  • 開基 北条重時
  • 正式名 霊鷲山感応院極楽律寺

札所等

  • 鎌倉三十三観音霊場 第22番
  • 鎌倉二十四地蔵 第20番・第21番
  • 鎌倉十三仏霊場 第12番(大日如来)
  • 東国花の寺百ヶ寺 鎌倉1番

地図

所在地 神奈川県鎌倉市極楽寺3丁目6−7

電話 0467-22-3402

拝観時間/入館時間 9時00分から16時30分 (宝物館は10時00分から16時00分)

拝観料/入館料 志納

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