覚書/感想/コメント
「損料屋喜八郎始末控え」の面白さが甦った感じの作品である。今度は四人の仲間達が活躍し、ライバル的存在(もちろん格は違うのだが)として紀伊国屋文左衛門が登場している。一方、大田屋精六・由之助親子の強欲ぶりは憎まれ役として最適の登場の仕方をしている。
さて、登場人物の中で、雅乃は蔵秀に片思いをし、蔵秀も実は雅乃を憎からず思っている。この恋模様は、大田屋由之助とのお見合いや、最後に登場する柳沢吉保によって段々ヒートアップしていく。だが、本作で結論が出ることはない。
この作品がシリーズ化すれば、この二人の関係も見逃せなくなるだろう。ところで、蔵秀は五尺四寸(約百六十センチ)、雅乃は五尺六寸(約百六十六センチ)。雅乃の方が大きい。
内容/あらすじ/ネタバレ
端午のとうふ
定斎屋の蔵秀が売り歩くのは暑い盛りの三ヶ月間だけである。それ以外の時は、頼まれごとを仕事としている。この日、いつもなら定斎屋の仕事をしている蔵秀は丹後屋から頼まれごとをされた。
丹後屋では、毎年五十俵の大豆の仕入をしているが、うっかりと五百俵の仕入をしてしまった。その五百俵をどうするかについて、蔵秀の知恵を借りたいという内容だった。さっそく蔵秀は戻り、仲間の絵師の雅乃、文師の辰二郎、飾り行灯師の宗佑らとはかって対策を練り始める。
そこで、雅乃が言い出したのは、小売りの話だった。一瞬唖然とする一同だったが、宗佑がやり方があるかもしれないと言い始める。
しかし、そもそも、なぜ通常五十俵の仕入が今年に限って五百俵になってしまったのか…
水晴れの渡し
雅乃にお見合いの話が来ている。一方、蔵秀のところに丹後屋からの紹介で爪田屋からの頼まれごとを持ち込まれている。
爪田屋は小豆の商いの大手である。その爪田屋の番頭・靖兵衛らが主・鹿助に爪田屋の株を寄こせと迫っているらしい。一体なぜなのか爪田屋鹿助には皆目理由が分からない。それを調べてもらいたいというのだ。
雅乃のお見合い相手は芝の油問屋の成金、大田屋精六の息子・由之助であった。もともと雅乃の両親も乗り気でないこのお見合い、雅乃が虚仮にされるようなこともあり、結局、断ってしまった。
このことを知った蔵秀達は、雅乃を虚仮にした相手に仕返しをすることにした。そして調べている内に、大田屋精六は爪田屋からの頼まれごとにも絡んでいることが分かる。さて、どうする?
夏負けの大尽
紀伊国屋文左衛門は二十七才。通称紀文。既に一大財産を作り上げた材木商の成り上がりものである。
その紀文から蔵秀の父・雄之助に仕事が舞い込んできた。それは、材木置き場の檜と杉を雄之助の目利きで買い取ってもらいたいというものである。
雄之助は材木商・冬木屋からの仕事を抱えている。そのため、山には入り木を買い付ける山師の仕事をしているのだが、紀文の話が本当なら、山には入る次期を遅らせることが出来る。
さっそく、蔵秀らを引き連れ、紀文と交渉すると果たしてその通りであった。ただし、一つ条件が付いた。支払は為替手形ではなく小判にしてもらうというものだった。
この支払に際し、冬木屋から蔵秀達に仕事が舞い込んだ。深川らしい方法で、紀文に送り届ける方法を考えてくれというものだった。
それにしても、なぜこの時期に紀文は木を売り、そして小判を欲しがったのか…
あとの祭り
大田屋由之助は船大工棟梁・六之助を連れて、船宿株を買い取った相手・善右衛門を訪ねた。由之助は大きな船を造るつもりでいた。
だが、この話を聞いて、善右衛門は船大工棟梁・六之助を気の毒に思っていた。というのも、由之助に売った船宿株は数年後には紙くず同然になってしまうものである。つまり、蔵秀達とともに由之助を嵌めたわけだが、それに船大工棟梁・六之助が巻き込まれてしまうのは忍びなかった。善右衛門は六之助に親近感を抱いていたからである。
善右衛門はこのことを蔵秀に話し、何とかならないかと相談する。蔵秀はこれを引き受けた。そして、この前してやられた紀文を絡ませ、一泡吹かせるつもりになった。さて、どうなることやら。
そして、さくら湯
紀ノ国屋文左衛門の隠し別荘に老中の柳沢吉保がお忍びでやって来た。そこで四方山話をしている中で、蔵秀達の話しがチラとでる。興味をそそられた柳沢吉保は蔵秀達を呼べないかと紀文に持ちかける。
紀文は強引な方法で蔵秀達を呼び寄せた。
本書について
山本一力
深川黄表紙掛取り帖
講談社文庫 約三八五頁
連作短編 江戸時代
目次
端午のとうふ
水晴れの渡し
夏負けの大尽
あとの祭り
そして、さくら湯
登場人物
蔵秀…定斎屋
雅乃…絵師
辰二郎…文師
宗佑…飾り行灯師
雄之助…蔵秀の父
おひで…蔵秀の母
猪之吉…渡世人の親分
嶋屋順三郎…雅乃の父
丹後屋弥左衛門
伝三…本船町の親分
大田屋精六
大田屋由之助
爪田屋鹿助…小豆商
靖兵衛…番頭
六之助…船大工棟梁
善右衛門…船宿屋
冬木屋庄左衛門…材木商
柳沢吉保…老中
紀伊国屋文左衛門
隆之助…番頭