坂岡真の「うぽっぽ同心十手綴り 第1巻」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

シリーズ第一巻。

物語は文化元年に始まる。『徳川家斉の将軍在位十八年目、天明の飢饉以降、関八州では治安悪化が重大な懸念事となり、幕閣のあいだでは八州廻りの設置が検討されはじめたころだ』

本書は登場人物の紹介も兼ねている部分もある。シリーズものの場合、何冊かに分かれて主要人物が登場するのだが、このシリーズは第一巻でほとんどが登場する。

ます、主人公は長尾勘兵衛。

『体格は小太りだが、縞の着流しに黒の絽羽織がよく似合う。
切れ長の眸子は涼しげで、眉間には「地紋」と称する黒子があった。』

『年齢は五十二、南町奉行所の定廻りを三十年近くも勤め、今春から臨時廻りに転身した。』

『廻り同心を仰せつかって以来、華々しい手柄をあげたことは一度もない。
同僚や後輩たち、ときには上役にまで請われ、手柄はすべて譲ってきた。
(中略)
歩くことしか能のない廻り方についた綽名が「うぽっぽ」だった。
うぽっぽとは、暢気者、うっかり者、浮かれて遊びあるく者などをさし、本来はあまり良い意味で使われない。』

『勘兵衛の飄々とした物腰は、年輪をかさねたすえにできあがったものだ。
かといって、物事に無関心ではいられない。
無関心を装いつつも、裏から救いの手を差し伸べてやる。
(中略)
無論、よほどの理由でもないかぎり、慈悲の安売りはできない。
(中略)
それでも、こうとおもったら助けてやる。
ただし、ほかの廻り同心のように、目こぼし料は受けとらぬ。』

『勘兵衛は、役立たずの阿呆であった。
すくなくとも、南町ではそうみられている。
実際に救われたものでなければ、勘兵衛の高潔さは理解できまい。
が、誰ひとりとして、救われたことを吹聴するものはいなかった。
目立つことの嫌いな廻り同心の性格を、知りつくしているからだ。』

他に、娘の綾乃、失踪した妻・静、医師の井上仁徳、岡っ引きの銀次、手下の三平、銀次の女房おしま、末吉鯉四郎、浮瀬の女将・おふう、南町奉行・根岸肥前守鎮衛、吟味方与力・門倉角左衛門、南町本所廻り同心・宍戸馨之介、岡っ引きの文七、おこま、雁次郎。

この内、南町奉行の根岸肥前守鎮衛は六十七歳。憤怒の烏枢沙摩明王を背負っている。烏枢沙摩明王は現世の不浄を排除する神で、たいていは厠に飾られている。そして、それが「薊(あざみ)」の異名で呼ばれるゆえんとなっている。

根岸肥前守鎮衛が登場する小説は意外と多い。そして、登場する小説はそれぞれが面白い。

なお、根岸肥前守鎮衛は「耳袋」の著者としても知られる。

◎根岸肥前守鎮衛が登場する小説

内容/あらすじ/ネタバレ

文化元年夏。

長尾勘兵衛は芝居町を背にした葺屋町の裏長屋を歩いていた。長屋のおせいが引っ越してきたおくみという女房の話をした。屋根葺き職人の亭主がいて、腕に入れぼくろまで彫っているという。

長屋を出て思案橋を渡ると、なじみの棒手振りに声をかけられた。

南茅場の大番屋に足を向けた勘兵衛は同じ臨時廻りの山田多聞に会った。勘兵衛には綾乃という娘がいる。山田多聞にも娘がいる。

山田は新参の定廻り・末吉鯉四郎という若者が入ったこととを教えてくれた。剣は小野派一刀流の免許皆伝だが、なにやらとっつきにくそうだという。

その末吉がやってきた。屋根葺き職人が屋根から落ちたというのだ。血達磨になり、銅瓦を抱えていたとか。銅瓦は奢侈禁止令で慎むように命じられたものである。屋根の持ち主は年番方与力の小此木監物だという。

職人は井上仁徳という金瘡医のところに運ばれたという。仁徳は勘兵衛の店子である。

勘兵衛が同心屋敷に戻り、仁徳のところに顔を出した。仁徳は親の代から住みついており、南町奉行所ともつながりが深い。

そこには、すっぽんの異名を持つ岡っ引きの銀次も来ていた。銀次は勘兵衛の気質に惚れ込んだ数少ない人間の一人である。

この仁徳の手伝いを娘の綾乃がしていた。

屋根葺き職人の名を辰三といった。辰三はいれぼくろを彫っている。「おくみ命」。おくみは岡場所の女だった。

根津権現裏門坂で腐りかけた屍骸が見つかった。無宿島の水玉人足だ。

鬼与力の異名を持つ吟味方与力・門倉角左衛門がやってきた。門倉は南町奉行秘蔵の内与力で、与力の中では唯一勘兵衛の意見に耳を貸してくれる。

門倉は同じ手口で殺された屍骸が他に二つあるといった。

勘兵衛は「浮瀬」でおふうの御酌を受けていた。

そこに銀次がやってきた。銀次は仏の身元が割れたという。そしてつるんでいた仲間が三人いたことが分かっている。その一人、巳吉は入れぼくろをしているという。

八年前、品川南本宿の脇で、大きな旅籠の一人娘が数人の男どもに輪姦された。結末は悲惨だった。娘の両親は半狂乱となり、釣瓶心中を図ったのだ。娘は行方知れずとなっている。

勘兵衛は末吉鯉四郎を連れて品川に向かった。

手がかりを得るために訪れた梓屋惣太郎の話の中に胡散臭いものを感じた。その夜、惣太郎の母・菊恵が勘兵衛らを訪ねてきた。

そして八年前の惨劇の場に、第五の男がいたことが判明した。男は旗本の次男坊だという。さらに、被害者となった娘の名はおぬいといった。おぬいは名を変え、おくみ、と称しているそうな…。

鯉四郎が妻恋坂で別れて以来、すがたを消した。勘兵衛は「福之湯」を訪ね、一番風呂に入った。先客がいる。薊の御隠居だ。南町奉行・根岸肥前守鎮衛である。

根岸は鯉四郎が勇み足で捜査をしていることを告げた。

三日後、勘兵衛は奸計を用いた。拐かした罪人に猿轡をかませ歩かせたのだ。そして…。

香具師の五位鷺の万蔵はかつて勘兵衛に三度捕まり、四度目に捕まって首をはねられる寸前で助けられた。島送りとなり、恩赦によって戻ってきてからは、まっとうな商売を始めた。この万蔵にはおしのという一人娘がいる。

そのおしのが、侍同士の刃傷沙汰に巻き込まれて命を落とした。おしのは自分を斬った相手の鞘を握っていた。反りの深い朱鞘で印籠刻みという珍品だ。

朱鞘の話が伝わってきた。鞘師与一のところに千五村正が持ち込まれたのだった。

これを取りに来た粋筋の女をつけると、水戸屋敷にたどりついた。そして勘兵衛の前に現れたのは水戸藩馬廻り役の大嶽徳之進だった。大嶽は手を引けといった。

下手人は水戸藩の御小姓・栗原数馬だということがわかった。今は謹慎処分を受け、金的屋のおつたに匿われてる。

勘兵衛の前に本所廻り同心の宍戸馨之介とびんぞりの異名を持つ岡っ引き文七が立ちふさがった。

殺しのあった晩。雨に濡れながら逃げる女を見た。

殺されたのは音羽の長屋を仕切る弥平、阿漕な手管で知られる遊女屋の元締めだ。猛毒による殺害の可能性が高いが、坂の途中で死んでいる。妙な話だ。

芝神明のだらだら祭りの中、勘兵衛は同じ臨時廻りの山田多聞と歩いていた。このところ、山田には迷惑の掛けられどおしだ。胸突坂の一件もそうだ。交代したばかりに厄介事に巻き込まれている。

山田は太閤庵という油見世の主・藤吉の話をした。かつて山田は懸巣小僧という盗賊の首魁を取り逃がしている。藤吉がそうではないかという情報があるというのだ。

弥平の亡きあと、丈太郎が遊女屋を仕切っている。

半月前、弥平に折檻されて死んだ女郎がいた。名をおふじといった。間夫がいたという理由で折檻されたのだ。この間夫の正体がはっきりとしない。

山田多聞が動いている。勘兵衛の行く先々で山田多聞の姿が見え隠れした。だが、その山田の死体が百本杭に浮かんだ。

遍路装束の娘が思案橋の欄干にもたれていた。

娘はおこま。十六歳で、京の島原に居たという。遊女だ。しかも足抜けをして江戸に出てきている。

扇谷の若旦那・清吉を追いかけてきたのだ。清吉は想像通りの放蕩者だった。

おこまは見つかったら半殺しの目に会う。廓には廓のおきてがある。

おこまの姿が消えた。勘兵衛は扇谷を訪ねた。するとやはりおこまは訪ねてきていた。

扇谷の内儀・おつるはおこまに清吉は死んだと嘘をついた。墓は浅草の西方寺にあるといった。西方寺は土手の道哲、遊女の投げ込み寺である。

西方寺を訪ねた勘兵衛は雁次郎に再会した。五年前まで吉原の四郎兵衛会所に雇われていた鉄棒引きである。今は西方寺の墓守だという。

この雁次郎がおこまを匿ってくれていた。

勘兵衛はおこまを自宅に連れ戻していた。信じていた男に裏切られた心の傷は簡単には癒えるものではない。

ついに島原の連中がやってきた…。

本書について

坂岡真
うぽっぽ同心十手綴り1
徳間文庫 約三四五頁

目次

いれぼくろ
ゆうかげ草
霧しぐれ
かごぬけ鳥

登場人物

長尾勘兵衛
綾乃…娘
(静…失踪した妻)
井上仁徳…医師
銀次…岡っ引き、福之湯の主
三平…銀次の手下
おしま…銀次の女房
末吉鯉四郎
おふう…浮瀬の女将
根岸肥前守鎮衛…南町奉行
門倉角左衛門…吟味方与力
おせい
新太…棒手振り
宍戸馨之介…南町本所廻り同心
文七…岡っ引き、びんぞりの異名
山田多聞…臨時廻り
小此木監物…年番方与力
松浦左門…本所廻り与力
辰三…屋根葺き職人
おくみ
巳吉
梓屋惣太郎…旅籠の主
菊恵…惣太郎の母
牟田口源吾…勘定奉行所与力
山科刑部…勘定奉行
半之丞…山科刑部の次男
五位鷺の万蔵…香具師
おしの…万蔵の娘
大嶽徳之進…水戸藩士
栗原数馬…水戸藩士
おつた…金的屋の女将
弥平
丈太郎
おふじ
藤吉…太閤庵の主
おくず
おこま
清吉…扇屋の若旦那
おつる…扇屋の内儀
清右衛門…扇屋の主
雁次郎
仙一

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