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佐伯泰英の「異風者」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

異風者は「いひゅもん」と読む。

肥後熊本には「もっこす」という言葉がある。一本気でこうと決めたらテコでも動かない頑固一徹で無骨な人柄を指したもの。

曲がったことが大嫌いで正義感が強く、反骨精神を持っている人のことでもあるが、悪く言えばへそ曲がり、気性が激しい、融通がきかないという意味合いになる。

人吉では反骨精神の持ち主を異風者(いひゅもん)と呼んだ。

異風者とは権力におもねることなく、間違いとあらば殿さんにも諫言する士のことだそうだ。

この異風者は「いひゅごろ」とも読むらしい。だが、「いひゅごろ」になると意味するところ微妙に異なり、やや侮蔑的な意味合いになるようである。

舞台は江戸末期から明治初頭。主人公は異風者の数馬源二郎で愛洲陰流の達人である。

愛洲陰流は愛洲移香斎久忠を祖とする。伊勢の出身とされ、陰流を創始するまでは数々の伝説がある人物である。晩年はようと知れない。

この愛洲移香斎久忠の弟子に上泉伊勢守がおり、伊勢守は新陰流を創始する。そして、ここからさらに柳生新陰流や疋田陰流、タイ捨流が派生する。いわば、陰流とつくものの源流が愛洲陰流である。

愛洲移香斎久忠は九州でも修行をしたことがあるとかないとか、また、晩年を九州で過ごしたともいわれ、そのためかどうか九州ではそれなりに広まった流派のようである。

さて、この陰流の系譜の中で登場するタイ捨流。丸目蔵人佐長恵が創始した流派であるが、丸目蔵人佐長恵は、まさにこの小説の舞台となる人吉・相良家の家臣であった。

このタイ捨流も九州を中心に広まった流派である。

タイ捨流の影響を受けた流派として薩摩示現流がある。幕末に人斬り半次郎の異名を取った中村半次郎(桐野利秋)を筆頭に、薩摩示現流の恐ろしさは知られていた。

愛洲陰流やタイ捨流、薩摩示現流などは地方の流派であり、田舎剣法として馬鹿にされがちであるが、江戸の道場剣法に比べても遜色ないものだったと思う。むしろ実戦向きだったのはこうした地方の流派の方だったのかも知れない。

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内容/あらすじ/ネタバレ

明治五年(一七六二)。旧肥後人吉藩の上屋敷前に一人の老人が立った。仇討赦免状を持っており、裏には二代前の藩主頼之の名があった。老人の名は数馬源二郎といった…。

数馬と姓を変えた彦根源二郎が人吉藩町奉行の刈谷一学から火急の呼び出しを受けたのは、数馬赤七の娘やえとの祝言を終えたばかりの時である。刈谷は愛洲移香斎久忠を祖とする愛洲陰流の継承者である。源二郎は天保五年の高覧試合で藩一位の栄誉を得て、この刈谷道場での師範代になり、その腕を買われやえとの婚儀が整ったのだ。

刈谷は源二郎に江戸より来た御側用人・実吉作左ヱ門に会わせた。実吉の人吉滞在は極秘のことであるという。だが、ここにきて漏れた節がある。用心のために護衛をつけるというのだ。その護衛役が源二郎というわけである。

人吉藩は万頭丹後が束ねる門葉一統と江戸勤務から戻った改革派との争いが絶えない。

実吉作左ヱ門は極秘の国入の任務を源二郎にもらしていた。人吉藩では腹黒い鼠どもが私腹を肥やしており、藩士を苦しめていた。その証拠となる帳簿の写しを舅の赤七が提供したという。

源二郎は江戸まで実吉作左ヱ門を護衛しながら送ることになった。だが、早速追っ手が来た。

天保七年。実吉作左ヱ門と数馬源二郎は江戸の人吉藩下屋敷に着いた。かねての打ち合わせ通りに事が運び、江戸の門葉一統の一掃にかかった。

まずは江戸の門葉の頭領と目される金戸幹之進を拘束することである。金戸は妾宅にいるところを拘束された。源二郎は金戸が拘束されたことを他の門葉一統に知られないためにこの妾宅に泊まり込むことになった。妾は佐希といった。

人吉藩上屋敷では主立った幹部が急ぎ書院に呼び出された。そして、長崎の町年寄・後藤豊太郎からの手紙で判明した門葉による「長崎買い物」の私物化を糾弾した。そして次々と門葉一統の藩士が拘束され、目付の調べを受けることとなった。

江戸での騒ぎはひとまず平静を取り戻した。次は国に戻っての大掃除が待っている。

大坂で大塩平八郎が乱を起こした日に実吉作左ヱ門と数馬源二郎は人吉城下に入った。人吉での門葉の抵抗は凄まじいものがあった。外城に籠っての徹底抗戦である。

反乱は終息し、源二郎はその功績により加増が申し渡されていた。

源二郎は祝言の日以来ぶりに数馬家に戻った。そしてそこで異変が起きた。舅、姑、妻が殺されていた。殺したのは門葉一統で城にも籠り、最後に脱出したと見られる五郎丸稔朗ら数名であることが分かった。残りは藤木助三郎、片桐佑朔、日出松太郎ということが判明した。

加増と江戸在勤を夢見ていた源二郎に敵討ちの命が下った。思いもしない事態である。

肥後熊本、長崎と五郎丸の姿を探しての旅が始まった。そして、大坂へたどり着き、すこしの所で逃げられた。

源二郎は江戸に向かったが、まずは江戸での暮らしを立てる必要に迫られていた。やがて、五郎丸が金沢で牢に入っていることが判明した。

急いで加賀へ向かうものの、五郎丸は船で異国へ出航したところだった。加賀では南蛮交易の船を秘かに出していたのだ。

いつ帰ってくるとも知れない海外へ逃げた敵をどうすればいいのか。源二郎は途方に暮れた。

本書について

佐伯泰英
異風者
ハルキ文庫 約三〇〇頁
江戸時代

目次

第一章 祝言の夜
第二章 粛清の嵐
第三章 門葉反乱
第四章 仇討放浪
第五章 安政の大地震
第六章 明治の斬り合い

登場人物

数馬源二郎
佐希
数馬赤七…舅
つね…姑
やえ…妻
五郎丸稔朗
藤木助三郎
片桐佑朔
日出松太郎
実吉作左ヱ門…御側用人、家老
龍三
刈谷一学…町奉行
相良頼之…藩主
中条多門…江戸家老
田代政典…家老
万頭丹後…門葉一統
村上岳沖
村上紳一郎
金戸幹之進…江戸の門葉の頭領
金戸卯太郎
尾上帯刀
肥後屋昌七
後藤豊太郎…長崎町年寄
初花
伊助