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久世光彦の「逃げ水半次無用帖」を読んだ感想とあらすじ

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覚書/感想/コメント

『悲しい光景は、どうしていつもきれいなのだろう。』

悲しい光景だけでなく、淫靡な雰囲気の中に少々の猟奇的な世界観というのもきれいである。きれいというよりむしろ耽美的と言ったほうがいいのだろう。怪奇ものが淫靡なものと非常に相性が良いのと同じである。

悲しい光景は明るい昼には似合わない。同じように怪奇ものや淫靡な世界、猟奇的なものは、夜の世界にこそその存在意義がある。互いが夜という同質性の中で密接に絡み合っている。

だから相性がいいのは当たり前なのだが、個人的にはあまり好みでない世界観である。個人的には好みでないが、妖しい綺麗さをもつ小説であるのは間違いない。

そこにいるようで、いないようで、人懐っこいようで、邪険なようで…。女たちが怨みと未練を込めてつけた名前が、逃げ水半次。

半次は誰とでも寝た。半次に用があるのは女たちだけだった。食べるために絵馬などを描いているが、どうしても半次でなければならないことはなかった。つまり、用ではないのだ。半次は自分を無用の者と思っている。

無用というのにはもう一つ意味がある。半年前から、半次は女たちにとっても無用のものとなってしまった。それは夜鷹のお駒だけが知っている。

半次は不幸な育ちである。

母・倭文重と二人暮らしだった半次は、桜吹雪の日に母が桜の枝からぶら下がって死んだ。

それから半次は目に見えない糸でずっと母に縛られてきた。今は二十七歳になっている。

半次は御用聞きの佐助の家の離れに住んでいる。

佐助の通り名は察しの佐助である。だが、屋根から落ちて足腰が立たなくなってしまった。

十手は一人娘のお小夜が預かっている。お小夜は十七歳である。

お小夜が外で聞きまわり、佐助がそれを聞いて指示をする。近頃では佐助は「居ながらの佐助」と呼ばれ、察しはお小夜が継いでいる。

この他に、半次が足しげく通うのが坂上の実相寺である。庵主は花幻尼という年取った尼さんだ。

この半次と佐助と花幻尼にはある複雑な関係があるのだが…。それは本書の最後の最後で明かされることになる。

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内容/あらすじ/ネタバレ

童子は嗤う

夜中に隣から子供の嗤い声が聞こえてくる。お艶はぞっと震えて目を覚ました。嗤い声は小吉である。三つのおとなしい子である。母親のお滝と二人暮らしのはずである。

隣に行ったお艶は、声では嗤っているが目の笑っていない小吉の姿と鴨居からぶら下がった人の姿を見た…。

半さん、半次さんと呼ぶ声がする。夜鷹のお駒である。側には御用聞きのとんぼの富十がいる。富十が半次に、「おう半次、逃げ水半次。渾名の通りに逃げるのかい」といってきた。

お艶は首をくくっているのがお滝であることをすぐに悟った。その下には生まれたばかりの赤ん坊がいる。お滝が身籠っているとは知らなかった。

蛍小路に入ると、佐助の家からお小夜が飛び出してきた。宮永町裏の長屋で後家が首をくくったという。

とんぼの富十が現場を見て、首をひねったそうだ。殺しではないかと。

半次はお小夜と一緒に現場に行くことになった。

嫌なものを見てしまった。首吊り女に三つの男の子。まるで昔の自分じゃないか。半次はそう思った。

お滝の死には不自然な点がある。蹴倒した踏み台がない。雨戸を踏み破った跡がある。

半次は恵美須屋で働いているお絹を呼んだ。お絹はお滝と親しかったのだ。お絹はお滝にこの一年ほどの間に男がいたことを告げた。

佐助は今度の事件は珍しいものではないという。引っかかるのは三つの子が嗤っていたという点だ。嫌な感じがする。

半次はも一度お絹を訪ねた。お絹が救命堂に行ったことを知ったからだ。救命堂は堕ろし専門のもぐりの医者である。そして、お絹がお滝と同じ男に惚れてたことが分かった。なのに、お滝が男の子供を孕んでいた…。

佐助は、山は見えたといった。だが、見えてみたら、嫌な山である。

振袖狂女

金魚の振袖を着た娘が走っていく。近頃評判の伊勢屋の狂った娘である。名をお袖という。寛永寺の暮れ六つの鐘が鳴り始めると、店から振袖の娘が飛び出してくる。このお袖には桃ちゃんという少女がついている。

上野長者町は仏壇の町である。伊勢屋はここ数年、長者町でも大店といわれるくらい羽振りが良くなった。主人は女である。お遊という。

お小夜がお遊に呼ばれた。

一月十五日の女正月の日にボヤ騒ぎがあったというのだ。居たのは女ばかり八人であった。

仏間には寝たきりの母・蔦がいた。この仏間から火が出た。考えてみると不思議だ。どうして腰の立たないお蔦の部屋から火が出たのだろう。

お遊がお小夜を呼んだのは、誰がこうした細工をしたのかを見つけてほしいからであった。

半次は夜鷹のお駒から伊勢屋に関する話を聞いていた。この伊勢屋は女系なのだという。そして、お駒の常連の婆羅門英泉というインチキ祈祷師が出入りしているとも言った。

その夜。主のお遊が姿を消してから火が起きている。お風呂に入って寝ただけだというのだが…。もう一つ気になるのは、その日だけ暮れ六つの鐘が鳴ってもお袖に異常が起きなかった。

佐助はこうした点を気にしていた。

それに、火に気がついたのは桃ちゃんだというのだが、旨い時に気づいたものである…。

佐助と半次にはある程度見えてきたようだ。二人か、三人か…。だが、お小夜は何が何だか全くわからない。いったい伊勢屋では何が起きたというのだ?

三本指の男

根津権現の三崎屋の隠居・キンが涙ながらに殊勝な話をするようになったのは、境内の梅がほころび始めた頃であった。あんなに怖かったキンがまるで変わったのだ。

そして、キンが死んだ。

お小夜は忌中の紙を見てそれを知った。そして三崎屋に入って行った。そこには了然和尚がいて、お小夜を見てぎくりとしたようだった。医師の桂庵もいた。

それにしても、変なお通夜だった。異変が起きたのは、次の日の夜だった。土盛りしたキンの墓から経帷子を着た幽霊がはい出して、絵馬堂の裏に走って消えたという。見たのは夜鷹のお駒だった。

棺桶の中は空だった。

同心の夏目雪乃丞がこの場にいた。陰間同心と呼ばれている同心だ。その夏目が棺桶の木肌にべったりとついている血染めの掌紋に目をとめた。それは三本しかなかった。

帰って佐助にそれを話すと、男のくせに薄化粧をして気色悪いが、夏目は見るところを見ているといった。

不審なのは掌紋の他にもある。竹の杖と、梅干しの種である。なぜこのようなものが棺桶に入っていたのか…。

おキンは生きている。そう考えると、辻褄がほとんど合う。そういって佐助がなぞ解きを始めた。

お千代の千里眼

クロベエには蛍小路で貸本屋をやっている親がいる。このクロベエが気にしているのがお千代である。

お千代の母・お登勢と父・権十の夫婦仲が悪く、お登勢が家を飛び出してしまっている。

お千代の千里眼の噂が耳に入ってきた。

だが、お千代の千里眼はこの界隈だけに限られているようだった。それが佐助には不思議だった。

ある日、権十の大工道具が無くなった。不思議なのはお千代の千里眼が役に立たないことだ。

半次は実相寺で花幻尼から夏目雪乃丞と引き合わせられた。そして花幻尼は二人に珍しいものを見せるという。それは摩耶夫人というお釈迦様の母親の像であった。

半次は今度の権十の大工道具が本命だと思っている。佐助はそれでは当て馬にしては数が多すぎないかという。

水中花

権現様の境内の縁日に水中花を売る屋台が出ているという。

半次からそれを聞いたお小夜はクロベエを連れて見に行った。だが、噂の水中花の女はいなかった。

そもそも水中花は縁日で売るようなものではなかった。高価すぎるのだ。

お島と名乗る老女がお小夜に妙な依頼をしてきた。大浦屋の一人娘の葉月が家出をしないように見張りをしてくれというのだ。

葉月には好きになった男がいる。大浦屋で働いていた秀次郎という男だった。

時間もないという。葉月が二、三日前から荷物をまとめているのだ。

殊勝に見えるお島だが、半次がお駒から聞いた話によると、お島という老女は勘定高いという。自分の孫を葉月の婿に入れようとたくらんでいるのだとか。

それに、何故お島は三日ほどしか時間がないことを知っているのか?謎が深まるばかりである。

大浦屋で作っている水中花の材料には御禁制のものが絡んでいるらしい。そしてそれを作っていたのが秀次郎だった。

佐助は今まで聞いた話から、大筋が読め、お島という婆さんは曲者だと断じた。

そして、葉月が家出すると思われる晩に、お小夜と半次は大浦屋で葉月の家出を阻止しようと潜んでいた。だが…。

昨日消えた男

川獺屋のクロベエはこのごろ元気がない。半次が聞き出すと、変なのは父ちゃんなのだという。最近妙なことを口走るようになったのだ。

佐助はお小夜に言った。男には、毎日の暮らしの中で、いきなり狐の掘った落とし穴にストンとはまったみたいに、ここがどこで、自分がいったい誰なのかわからなくなることがあると。

半次がぐったりとした千兵を肩に担いで戻ってきた。

妙だったのは、半次が千兵を抱き起した時、鼻の下にちょび髭があったことだ。そして持っていた提灯が川獺屋ではなく、狐泉堂というものだった。

クロベエが父・千兵のあとを付けた。根津の遊郭を出てから千兵の様子が変わった。ソワソワして向かった先が四谷左門町である。そのまま小さな悠々院という寺に入って行った。

悠々院では三日月会という俳句の集まりがある。

三日月会には千兵と同じ年ごろの男が出ているという。骨董屋の狐牡丹という俳号だという。不思議なことに二人が同席したことがないという。

こうした話を聞いて、佐助は千兵が一人二役をしているのではないかと考えた。

だが、事態はより複雑なものだった。千兵がある日突然消えた。残して行った俳句は「窓辺枯れ 銀杏床し 伊賀の節」であった…。

恋ひしくば

師走も二十日過ぎ。お小夜は十日ほど前から熱を出していた。そのため医者の杏庵を訪ねた帰りだった。ちょうどその頃、半次はお駒と味噌田楽を突いていた。

お小夜は途中でクロベエと出会った。クロベエは実相院の花幻尼にお使いを頼まれていたのだという。

お小夜が家に戻ると佐助がいない。紙が残されている。そこには「鐘なるや 月に唄うな 父はいる」と書かれていた。

お小夜と半次とクロベエの三人が集まって考えていた。

残された紙に書いていることは、判じ物である。半次と判じ物をひっかけているのだろう。それはクロベエの父・千兵が消えた時に残した俳句が判じ物だったことを思い出させようとしているかのようである。

クロベエが町を駆け回り、お小夜が俳句の謎を解こうとしているときに、半次は両国回向院の絵馬堂にいた。

そこで半次は母が描いた狐の絵馬を見つけた。そして、そこで半次は信じられないものを見た。母の描いた絵馬の隣にあった別の絵馬である。

このことは、半次の母に関わることと、半次のこれまでの人生の謎のすべてが解き明かされる鍵となるものだった。そしてそれは半次を見守ってきた人々と半次の関係を真に明らかにするものでもあった…。

本書について

久世光彦
逃げ水半次無用帖
文春文庫 約四四五頁

目次

童子は嗤う
振袖狂女
三本指の男
お千代の千里眼
水中花
昨日消えた男
恋ひしくば

登場人物

半次
お小夜…御用聞き
佐助…居ながらの佐助
お駒…夜鷹
花幻尼…実相寺の庵主
(倭文重…半次の母)
夏目雪乃丞…同心
クロベエ
とんぼの富十…御用聞き
小吉
お滝…小吉の母
お艶
お絹
恵美須屋伊兵衛
与七…番頭
お袖
桃ちゃん
お遊…伊勢屋主、お袖の母
蔦…お遊の母
お栄…女中頭
婆羅門英泉…祈祷師
キン…三崎屋の隠居
了然…坊主
桂庵…医師
お千代
お登勢…お千代の母
権十…お千代の父
お島
葉月…大浦屋の一人娘
秀次郎
千兵…クロベエの父
おえん…クロベエの母
杏庵…医師