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櫻山神社の参詣記-歴史と見どころ紹介(岩手県盛岡市)盛岡城整地の際に見つかった烏帽子岩を祀る

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櫻山神社神門
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櫻山神社 南部藩の神社

今回は盛岡市の中心を散策。岩手公会堂を背にして前が櫻山神社。

南部藩の総鎮守として篤く信仰された神社。盛岡城跡公園内にあり、地元で「桜山さん」と親しまれている。

江戸時代中期の寛延2年(1749年)に、盛岡藩第八代・南部利視が盛岡藩初代・信直の遺徳を偲び、盛岡城内淡路丸に神殿を建立したのが始まり。当時は「淡路丸大明神」といっていた。

盛岡藩第十一代・利敬が文化9年(1812年)に「櫻山大明神」と改称。

文化15年(1818年)に南部家初代・光行を合祀。

フロントページ
創建 寛永二年(1749年) 盛岡とともに300年 櫻山神社
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由緒

当社は、江戸時代中期の寛延二年(1749)、盛岡藩八代(南部家三十三世)利視公により盛岡藩初代(南部家二十六世)信直公の御遺徳を偲び、城内淡路丸(本丸東側)に神殿を建立、九月二十六日、その御神霊を勧請して淡路丸大明神と尊崇し奉ったのに始まります。
盛岡藩十一代(南部家三十六世)利敬公は文化九年(1812)八月十三日に櫻山大明神と改称、この名称は、淡路丸が櫻山と称されていたことに因みます。また利敬公は同十五年(1818)四月に南部家初代(開祖)光行公を合祀しました。
盛岡城が明治政府に接収された後、明治四年(1871)九月、御神体を盛岡市茄賀野村妙泉寺山に仮遷座、同十年(1877)五月二十日に盛岡・下北山の聖寿禅寺跡に新社殿を造営し再遷座いたしました。この地域を今でも旧櫻山と称されるのはこの事に由来します。
明治十四年(1881)一月、県社に列格。明治二十三年(1890)、旧盛岡城地が南部家に特別縁故によって払い下げられたことを契機に、旧盛岡藩士族また旧盛岡藩領民より、旧城地への遷座の機運が盛り上がり、盛岡城旧三の丸 鳩森下曲輪跡(御蔵跡・勘定所跡)に明治三十二年(1899)神社敷地を造成、今日にみられる本殿、拝殿、神門を建立し、明治三十三年(1900)十月二十六日奉遷鎮座されました。
大正元年(1912)十月に盛岡藩三代(南部家二十七世)利直公、盛岡藩十一代(南部家三十六世)利敬公の御尊霊を合祀して永く郷土守護の神と崇め奉りました。
利直公は信直公の長子で盛岡城の完成と盛岡の町割りを成し遂げ、盛岡市の基礎を築いた英主であり、利敬公は朝命を奉じて北海道室蘭海域の警備に従われ、その功によって明治四十一年(1908)従三位追贈の恩命に浴された名君であります。
終戦後、神社前には県道が通り新しく商店街がつくられるなど景観は変わりましたが、盛岡城の往時を偲ばせる雄大な石垣と本殿後方の鳥帽子岩は盛岡城築城時と変わることなく悠然と聳え立ち、今でも櫻山さんと親しまれております。

櫻山神社由緒
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盛岡市内 櫻山神社の鳥居

盛岡市にある櫻山神社の鳥居。

櫻山神社鳥居

この鳥居のすぐそばにじゃじゃ麺で有名な白龍(パイロン)がある。白龍で腹を満たして櫻山神社とお城を散歩。 盛岡城の縄張り内にある。

境内案内

拝殿

櫻山神社拝殿と本殿
櫻山神社のおもかげ地蔵尊
櫻山神社の由緒板

烏帽子岩

街のど真ん中にある神社で、正面右手に「烏帽子岩」がある。烏帽子の形をした岩だが、思った以上にでかい…。

櫻山神社の烏帽子岩
櫻山神社の烏帽子岩
櫻山神社の烏帽子岩
櫻山神社境内社の南部稲荷神社

櫻山神社の概要

主祭神 南部光行
南部信直
南部利直
南部利敬
創建江戸時代 寛延2年(1749年)
例祭5月26日

地図

所在地: 〒020-0023 岩手県盛岡市内丸1−42
電話: 019-622-2061